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『刻を超えた握手』 ~末裔たちの宝探し、僕らの先祖は盗賊と処刑人~  作者: 徳崎 文音


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第四話 エルフ・テレジアⅠ

 新芽が若葉になり日差しを遮るものが増えてきた、足元を見れば瑞々しく波打つシダの葉や、ビロードのような厚みを持った苔たちが背を伸ばし、葉を広げて雨季を待ちわびている。木々の隙間から差し込む光は、雨季を前にした重い湿気を含んで白く揺蕩っている。その湿気は私にも纏わりついて、束ねた髪の毛先を散らかしている。

 雨季はもう目の前だ。去年の雨季は里の東の川が氾濫して里が西に伸びる事になった。今年の雨季はもっと平穏に過ごしたい。


 平穏を願いながら歩いていたのに、不穏な木々のざわめきを感じた。頭上の枝に目を向け金蜜色のロングヘアーを持つ妖精が困った様な顔で座っている。透き通った羽を震わせて私の頭に鱗粉を振りかけながら、機嫌よさげに歌っている。表情と歌が一致してないのはいったいなぜだろう?……ああ、この子は「異変」という新しい刺激に、心だけは躍ってしまっているのか。


「何が起きているのか教えてくれるか?」


 声をかければ、笑顔を作って立ち上がった妖精がストンと落ちてきた。ふわりと降りられるのにわざと羽を閉じたまま枝から降りた妖精を掌で受け止めると、いちじく程の重さの衝撃が腕に伝わった。掌にお尻から着地した妖精は立ち上がり、羽を羽ばたかせて顔の目の前に浮かんできた。最初から飛べば良かったのに。きっと落ちる感覚か、掌に着地する感覚が好きなのだろう。こういう遊びをしているという事は緊急事態ではないはずだ。


「あのね、人が来たって。二人と馬が一頭。あと大きな荷物」


 首を傾げながら伝聞調で話していると言う事は、実際に見たものは森の端を縄張りにする妖精達なのだろう。


「馬車か。馬車でこの森には入れないだろう?」


「正しい手順を踏んだから、道を開けたって。あとキラキラとか良い匂いとか甘いとか貰ったって」


 石碑に正しい魔法を発動させた上に、森の守りを託していた妖精達を買収したと。その人間は何者なのか。敵とは断定出来ないが警戒対象には違いない。


 我らエルフを利用しようと企み、抗えば迫害した愚かな人間の指導者はもうとっくに死んでいるであろうが。

 数百年前に迫害されてから人との関わりを断ち、この森を魔法で発展させてきた。森に敷いた魔術で、入ろうとする者に恐怖を感じさせる様になっているし、それでも森に入れば道が見えず迷ってしまうようになっている。それでも深く入り込んだ者には獣や鳥や妖精が悪戯を仕掛ける様になっている。


 森の外の石碑で正しい魔法を使えば、恐ろしいと感じる事はなくなる。森の中の石碑に魔法を使えば幻覚の木々が消え、道が見えるようになる。これらはたった一人我らと友誼を結んだ人間にしか知らせていない。そしてその人間はとっくの昔に寿命を迎えているはずだ。我らの森に入る人間などいるはずもないのだ。


 ありえない来訪者に対してどうするべきか、若輩の身では判断しかねる。長老に報告すれば、私では気付きもしない事を指摘してくださるだろう。木々の合間を縫うように、森の中央のネムの木へと走る。ネムの木の下には環状に家が集まっていて、一番木に近い所に長老の家がある。知らせてくれた妖精に手持ちの干し果物を渡して、長老の家へと急いだ。


「スミリアン様!」


 スミリアン様の家の扉を開くと、乾燥させた薬草と古い紙の匂いが私の鼻をくすぐった。薄暗い部屋の中に目を凝らせばスミリアン様は、両手でカップを包むように持って窓際のロッキングチェアを揺らしながら外を眺めていた。


「テレジア、妖精たちのざわめきはそんなに急ぐ事だったのかい?」


 私の呼びかけに振り向いたスミリアン様はいつも通りの微笑を湛えた眼差しで迎えて下さった。のんびりとした口調で問いかけながら手招きされて、その足元に跪いた。


「私には判りかねます。スミリアン様にご判断頂きたく、急ぎ参りました」


「妖精達は何と言っていたの?」


 スミリアン様は再び窓の外に視線を向けられた。誰よりも妖精と親しく、誰よりも魔術に長けたスミリアン様にはもう何もかもが見えているのだろうか?私の不安など気にも留めないその悠然とした態度が、今はもどかしくてならない。


「人が二人荷馬車でやってきたと。正しい手順を踏み、妖精たちを懐柔しながらこちらへ向かっているそうです」


「客人かな」


 再び私の方を向いたスミリアン様の口の端がゆるりと持ち上がった。どことなく嬉しそうにも見える。


「客人など訪れるとは思えません。正しい手順を知る者はとうに寿命を迎えている筈だとスミリアン様も仰っていたではありませんか!」


「私には妖精の言葉はただの風音にしか聞こえないが、そこに含まれる感情くらいは読み取れるよ。この風音に恐怖心も敵愾心もないと思うのだがね。まぁ、テレジアが心配なら訓練がてらに防御壁でも築いてみると良い」


 里で一番長生きな魂を持つスミリアン長老は穏やかに私に告げた後、ベルを鳴らして隣室に居たマティーヤを呼び、皆を集合させるように指示を出された。皆が集まると森に人が入った事が告げられ、その目的が判るまでは里に防御壁を築き、その中で過ごす様にと話される。

 我らの一族が森で暮らすようになって二百年ほど。妖精も精霊も共に暮らしているのに何故か姿を見られるもの、声を聞ける者は減っている。妖精たちの報告を聞けない者たちには、森に人が来たことを疑う者すらいた。


 スミリアン様は私には『客人』と言ったが妖精に祈りを捧げた様だ。それから数日は妖精の悪戯と呼ばれる頻繁な天気の変化が起きた。悪戯をした妖精達が実に妖精らしく楽しそうに報告をしてくれるが、森への侵入者は悪天候に一時停留をしても引き返したりはしていない様だ。

 そうして妖精が足止めをしている間にネムの木の周りをぐるりと囲む壁ができた。一箇所に門を付けて私は門に立ち道の先を睨んでいると、ゴトゴトと普段聞かない音が聞こえだした。


 やってきたのはまだ年若い男性が二人。日に焼けた肌に黒髪の少年と色白で金髪に青い瞳の少年。小柄ながら賢そうな馬が重そうな荷車を引いてやってきた。その姿が近づくにしたがって、壁の隙間から様子を伺っている同胞たちのざわめきが広がっていく。特に妖精の姿を視ることができる者の動揺がひどいのは、彼らの周りに群れる妖精の異常な数のせいだろう。


 彼らは門の外で立ち止まり、金髪の少年のみがこちらにやってきた。金髪の少年が妖精たちに与えたのは宝石か。少年の周りを飛び回る妖精と、荷馬車の周りから動かない妖精の好みがクッキリと別れた。


「私は商人見習いのレオ、あそこに居るのが歴史研究家のダリオです」


『何をしにやってきた』


 私の五歩前で立ち止まり礼儀正しく挨拶した少年に、意地悪く古語で問えば、少年は目を丸めた後なぜか嬉しそうに笑顔を浮かべた。彼の周りを飛び回る桃色の髪の妖精が大層うるさく里へ入れろと言っている。


『古い魔術の話を聞かせて欲しくて伺いました。こちらを紹介してくれた人からの手紙です』


 少年には妖精の声は聞えていないようで、白く薄い封筒を差し出した。宛名は『エルフの長老』差出人は『守護者の村村長マリオ』となっている。


「テレジア、その手紙を見せてください」


 いつの間にかやってきていたスミリアン様に手紙を渡せば、長老は金髪の少年をじぃっと見つめた。壁の後ろの同胞は静まっている。

 妖精たちが長老と少年の間を飛び交っている。桃色髪の妖精は相変わらずやかましい。君が三つも大きな宝石を貰った事はもう分かったよ。

 スミリアン様は私に手紙を開いた状態で渡された。『ハボル様の末裔』『意思を継ぐに相応しい』『時勢の読みも問題ない』等と書かれ、ハボル様の話を聞かせてあげて欲しいと締められていた。

「レオ君と言ったね。里への立ち入りは許可するよ。黒髪の彼と一緒にここに居るテレジアの所に泊めて貰いなさい。三日の間にテレジアの許可を得られれば、君達に昔話を聞かせてあげよう」

 私が何を言う間も、問う間もなく長老は決められてしまった。確かに私の家は、二十年前に妹が出て行ったから部屋は空いているけれど。


『テレジアさん?宜しくお願いします馬も休ませて頂いても宜しいですか?滞在の費用は荷の中からテレジアさんの必要な物を差し上げると言う事で宜しいですか?』


 滑らかな古語で挨拶と交渉を行う少年に長老は興味深気な表情を向け、大多数の者は不思議そうな表情を向けた。妖精の声と同じく、古語も忘れ去られつつある存在だ。長命な我らエルフでさえ、過去の物になっている言葉を扱うこの少年に私も興味はある。


 二人を壁の中に入れ、我が家まで案内をする。我が家はネムの木の東側にある。彼らを引き連れて歩きつつ、里で過ごす上での注意事項として、あまり里の者に話しかけるなと釘を刺した。長老は客人と認めた様だが、私は未だ害のない存在だと確信が持てない。


 道中の会話も全て古語で行ったが、黒髪の少年も滑らかに古語を操った。壁の内側に入ってからは黒髪の少年が私の話に返事をし、時折質問をしてきた。しばらく歩き彼らの自己紹介を一通り聞いたところで、古語という嫌がらせの無意味さに気付いた。


『君らは古語と現代語どちらが扱いやすい?』

「テレジアさんが現代語で問題ないのでしたら、その方が助かります。流石に古語を使う時は集中力も要りますし」

 金髪の少年は表情を変えずに古語を操っているが、その瞳は常に周囲の精霊たちの動きを追っているように見える。対して黒髪の少年は、言葉こそ滑らかだが、時折眉根を寄せて荷馬車の馬の様子を気にかけたり、木の陰から様子を窺っている同胞の様子を気にしている様だ。自然に役割分担をしている様に見えるが、どう見ても生まれの遠そうな外見だ。

「君らはどういう関係なんだ?肌の色や体格を見れば遠い地域の生まれの様に見えるが」


 現代語で尋ねると黒髪の少年があからさまにホッとした表情を見せた。


「学友です。僕が彼の国に留学をして仲良くなりました。僕の国に残る伝説に彼が興味を持ってくれたのです」


「僕は先祖伝来の宝の地図を使って冒険に出たいと子どもの頃から思っていたんです。彼の話は僕の持っている地図を事実だと裏付ける話の様に思えたので」


 黒髪の少年の返答に付け足すように金髪の少年が言った。宝の地図や冒険に出たいなど、随分と子供っぽい言い草だ。その子供っぽさが妖精たちを惹きつけているのか。


「宝の地図?君は商人と言ったが財宝で一攫千金を目指しているのか?」


 少々意地悪く問えば、黒髪の少年が雰囲気を尖らせたが、金髪の少年が手振りで黙らせた。ぐいっと髪を引っ張られる感覚に振り向くと、あの桃色髪の妖精が思いっきり髪を引っ張っている。買収され過ぎだろう。金髪の少年は表情を変えずに私を見上げて、澄んだ青い瞳を瞬かせた。


「財宝目当てというよりは、財宝を隠した仕掛けを解きたいのです」


「仕掛けを解いて財宝を手に入れたいのだろう?」


 少し考えたような少年の返答に、また意地悪な質問を重ねれば後頭部に強い痛みを感じた。見なくても分かる、桃色髪の現金な妖精の仕業だな。少年は、真っすぐに私を見つめた。


「いえ、時が満ちていなければ、見なかった事にします。僕が手にするに相応しい物でない場合も見なかった事にします。地図と一緒に残された手紙に『財宝を見つけし者よ、時は満ちたか?過ちを犯す事なかれ』と書かれていたので」


『時が満ちた』という言い回しは私の記憶にもある。私たちエルフにこの安寧の地を齎して下さった指導者ハボル様の言葉だ。もしやとは思うが、この少年に示された満ちた時と私達に示されている満ちた時が同じとは限らない。

『時が満ちたら再び人々と交流し叡智を分かち合おう』里の外側の石碑を建てて回った時に仰ったと伝わっている。人々が魔法を目当てに我らエルフを獣の様に連れ去り、家畜の様に扱っていた時代だったと聞いている。時が満ちるとは人々が魔法を必要としなくなった時なのか、自力で魔法を扱えるようになった時なのかどちらの事かは示されていない。その判断は長老に一任されている。


 その長老であるスミリアン様が私に彼らの人となりを見極める様に命じられた。三日の滞在を許されているが、今がもう夕食を目前にした時間である事を思えば実質明日一日、長くても明後日の昼までの一日半でこの少年たちを見極めなければならない。終始笑顔の少年からどの様にすれば本性を引き出せるだろうか?


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