第三話 辺境の村・村長マリオ
ドッズドッズという独特な荒々しい足音が近づいてくる。今日の門番はトニーだったか。随分と慌てて来ている様だがあれは思い込みが強くて早合点しがちだから、まぁきっと今日も大したことはないと思う。
一息吐いて飲んでいたお茶をテーブルに置いた所で、足音がノック代わりと言わんばかりにドスンという音を立てて玄関が開いた。足音と気配をノック代わりに我が家の薄い扉を勢いよく開けるのはやめて欲しい。一体何回トニーが割った扉を交換したことか。おや、今日は割れなかったか。
「村長、ちょっと門まで来てくれ。怪しい二人組なんだが、オレじゃどうにもできねぇ」
二人組という事は獣の襲来などではないと。且つトニーが場を離れられる状況だと言うならそんなに急ぐ必要もなさそうだ。できれば会う前にどんな来訪者なのか把握しておきたいが、トニーから説明を引き出せるかが問題だ。面倒だが単純な質問を重ねるしかあるまい。
「ん?トニーがどうにも出来ない程強いのか?」
「いや、そうじゃない。そういう手合ならだいたいはどうにでもできる。そっちじゃない。その、アレだ。代官みたいな手合の怪しいやつだ」
「代官殿なら怪しくなかろう?」
「代官じゃない。初めて見る二人組みだ」
賊の様な身の危険を感じる事はないが、相手の用件が理解できず、それでいて見覚えのない相手だったと。まぁ、教えを守っての行動なのだろうが、もう少し、本当に後少しで良いからどうにかならないものか。今日トニーと組んでいたのは誰だったか。門で客人の相手をできる人間なら良いが。
「あぁ、なるほど。で、そのお二人は大人しく門で待たれているのか?用件は聞いたか?」
「行商に来たと言っていた。確かに荷馬車だったが、なんか変なんだ。村に入れて大丈夫なのか分からん。とりあえず待たせてるから急いできた」
はてさて見たこと無い行商人なんて厄介事の予感しかしないが、待たせている以上は会うしかないだろう。よっこらせと立ち上がって軽く裾を払えば、辺りに土埃が舞った。
身綺麗にしていないと嘗められそうな気もするが、上着で隠すにはちと暑すぎる。このまま行くしかないだろう。
トニーは急かして儂を担ごうとするが、宥めすかし畑の間を普段通りに歩いていく。午前中だが十分に日が登ったこの時間は、だいたいの者が草刈りや間引きをしている。いつも通りの日常を、非日常に向かって歩いていく。訪れた非日常が悪いものでない様にと願いながら。
村の外れまで来ると、門の向こうに大きな荷馬車が見えて、さらに歩みを進めれば男性らしき人影が見えた。かなり華奢で遠目には女性と間違えそうなシルエットだが。
さらに門へと近付くとその人影が成人前後の年若い二人組、それもこんな辺境の田舎には似合わない程容姿が整っていると確認できた。朗らかな表情で敵意どころか邪念すら感じないがトニーが怪しいと言ったのはその整いすぎた容姿のせいだろう。
あちらからも儂の姿が見えたのだろう、スッと背筋を伸ばし笑顔を作った。なるほど、都会の常識は田舎の非常識というやつだな。都会の大商会の店員の様な佇まいは、農村の人間が見ることは無いものだ。見知らぬ所作、表情、言動に警戒するのは人として詮なき事。
「トニー、そんなに警戒する必要ないと思うぞ。彼らは若く経験が足りないだけの行商人だ」
「村長、話もしないうちにそんな判断はよくない。いつも警戒を怠るなって言ってるのは村長だろう?」
「まぁ、見てなさい」
門を挟んですぐ目の前まで行き向き合った所で、ドキリと心臓が跳ねた。サラリと風に靡く金髪、整った顔立ちに青い瞳。村に伝わる賢者様の特徴と一致している。賢者様が再び村に訪れたならば、村長としてもてなし、預かった物をお返しすべし。
荒れた土地しかなかったこの村にいくつもの作物の種を持ち込み、多くの村人を救った大賢者ハボル様。伝わるのは金髪に青い目の力強い中年男性だが、誰だって若い頃はあるものだ。賢者様も若い頃は華奢だったかもしれない。
賢者様の話は村人も皆知っている筈だが、トニーはまぁトニーだから仕方ない。あぁ、トニーと組んでいた門で対応してたデニーは気付いているのか。
「突然の来訪で申し訳ありません、ヴェルリーナ商会の見習い、レオ・ヴェルリーナです。隣に居ますのは馭者兼護衛のダリオです」
こちらの思いや、焦りなど関係無いようにお若い賢者様は儂に白くほっそりした手を差し出した。握れば案外にしっかりとした掌だった。
「この村の村長マリオじゃ。田舎の農村ゆえ村の名前もなく、誰も姓をもっておらぬ。してヴェルリーナ殿はこの様な国の果の農村にどの様なご用向きで来られたのかな?」
「私は知見を広げるため行商をしながら大陸を巡る修行中の身でございます。こちらには珍しい農産物が沢山あると父から聞き伺った次第にございます。私の荷の中に、こちらの村で必要とされる物がございましたら、こちらの農産物と交換して頂けないでしょうか?」
「ヴェルリーナ殿は金銭以外での取引をしてくださると?」
「いえ、見習い商人レオとしての取引にございます」
「ふむ。立ち話もなんだ、私の家でゆっくりと商談をしましょう。そういう修行も必要、でしょう?」
トニーを門に置き若者二人を連れて来た道を戻っていく。畑の中からこちらを窺う視線が集まってくるが、あれは荷馬車を気にしているのかこの二人を気にしているのか。
小さな土埃と一定のリズムで聞こえるパカパカという馬の足音。太陽がしっかり昇り道に差す影がほとんどなくなってきた頃我が家の前に着いた。
家の裏に荷馬車を回して貰い、二人に家の中に入って貰う。息子夫婦が出ていってしまって空き部屋はあるから、二人を泊めるのは問題ない。ゆっくり話を聞くことにしよう。
村の中では一番大きな家ではあるが、商家の屋敷とは比べ物にならず、近隣の農村の村長屋敷と比べても質素な我が家に、護衛と紹介されたダリオ氏が目を瞬かせた。そんな様子に気付かぬ振りで玄関すぐ横にある居間のテーブルへと案内し、お茶を出した。茶はこの村産で色は鮮やかな青色、少々癖のある香りと渋みという毒にも見える物だが、この二人はどの様に反応するかな。
「これは、テインのお茶ですか?」
ダリオ殿はお茶を見て眉を顰め、茶を口にして顔を歪めたが、レオ殿は水色を見て微笑み、口に含んで鼻から息を吐いてから目を丸めた。さらに美しい所作でカップを持ち上げて、愛おしそうに二口目を飲んだ。
「そう言えばヴェルリーナ商会とはテインの取引をしておりましたな。しかしレオ殿は初めてお会いしますなぁ」
儂は努めて事務的に、商談の口火を切るように問うた。まだこの二人の目的が分からぬ以上、都会から来た商家の令息という皮を剥がさねばならん。だが、レオ氏は揺らがなかった。
「家は兄が継ぎますので私は商会にはあまり関わらなかったのです。テインのお茶は実家で兄がよく淹れてくれていました……兄が淹れてくれたお茶とは随分香りも味も違うのですが、秘伝の淹れ方などがあるのでしょうか?」
テイン茶と同じ色の瞳を真っすぐに儂に向けて答える姿は、ただの若者ではない。比べるまでもないが、トニーとは大違いだ。若い見た目だとか、見習いだという名乗りに騙されて甘く見てはいけない。一瞬で懐に入り込む話術というか雰囲気を持っている。一つ咳ばらいをして背筋を伸ばすと、目の前の青年も姿勢を正した。
「では、改めて伺いましょう。この村に何しに来られたか?」
二人の青年はお互いに見合ったあと、一つ頷いてダリオ氏が口を開いた。ふと目の前の青年の姿に、村に伝わる黒髪褐色肌の偉人の面影が重なった。
「僕たちは大盗賊ハボルの財宝を探して旅をしています」
「大盗賊?!」
思わず腰が浮いた。村の救世主である大賢者ハボル様の名が、彼らの口からは汚名と共に放たれたからだ。儂の狼狽を、ダリオ氏は不可解そうに見つめている。
「はい。僕の故郷ウヴァーラ帝国で百数十年前に処刑された大盗賊ハボルです。しかし、ただの盗賊ではなかった様なのです。僕は財宝と共に隠されたハボルの真実を知りたい」
さっき偉人と面影が重なったのは気のせいではなかったのか。
村の恩人として名が残っている、風変わりな学者シルビオ様。ハボル様を大盗賊として処刑してしまった償いの為にやってきたと言い、ハボル様がもたらした作物を商品へと変化させた学者様だ。『財宝と共に隠されたハボルの真実を知りたい』とは伝承の中にも残る言葉だ。
「我が家には海賊の宝の地図と暗号が残っていました。祖父も父も兄もご先祖の悪ふざけと思っていたようですが、俺にはそう見えなかった。家族に隠れてこっそり暗号を解読していた時にダリオと知り合い、この地図がハボルの財宝の隠し場所ではないかと思ったのです」
レオ氏が静かに古びた羊皮紙をテーブルの上に広げて見せてくれる。随分と簡素な地図はいびつな形をしている。いくつか書かれた印のどれが財宝の隠し場所なのかも分からない。そしてこの村が地図のどこに当たるのかもわからない。ぐっと眉間に力が入ってしまう。一口テインのお茶を飲んでからもう一度レオ氏を見つめた
「その財宝の隠し場所がこの村だと?」
「いいえ、暗号の一部。正しくは暗号に見える魔道具の設計図の不足がこの村にあると思ったのです。なんせ、残された地図にこの村は載っていませんでしたから。存在すらも隠した村に何かあると考えるのは自然な事でしょう?」
『この村が秘匿されているのは然るべきところだ。……肝心な物を隠すには一部を出すのも手だ』
シルビオ様に関する言い伝えにある言葉が浮かぶ。恐らくレオ氏が持つ地図のいびつな部分はこの村が書かれている部分を切り取った、つまりハボル様の意志でこの村を隠されたという事か。そしてシルビオ様は態と口に入れるには毒々しい色味で不味い茶の産地とすることでこの村に向けられる目を逸らさせたのか。
ヴェルリーナ商会に持ち込んだのもシルビオ様だったはずだ。ハボル様の意志を尊重しつつ、子孫には伝わるように仕掛けをしていたとは。そんな仕掛け主と関係のありそうなダリオ氏に目を向けた。果たしてどこまで知っているのか。
「ダリオ殿、帝国の大盗賊はどの様な姿だったかお判りか」
「逞しい体と男らしく鋭い顔つきで、結わえた金の髪を風に靡かせ、海のように青く煌めく瞳を持つ。色味だけはこのレオにそっくりですね」
「この村に伝わるハボル様は大賢者だ。金の髪に青い瞳の逞しい男性が荒れた土地でも育つ種を何種類もこの地に齎した方だ。その種のうち何種類かは売れない作物だった。ハボル様が村を去って十年ほど経ったころにシルビオ様という学者様がやてきて、売れない作物だったテインを染料やお茶として使う方法を教えてくださった」
「学者?シルビオって……あのシルビオか?」
ダリオ氏が目を見開いて絶句した。驚き茫然とした様子にレオ氏は、こらえきれないといった風に吹き出した。いつの間にか「商人見習い」の仮面が剥がれ、年相応の少年のような、悪戯っぽくも柔らかな笑顔がそこにあった。若者らしい表情を微笑ましい気分で眺めていると、先に立ち直ったレオ殿が、決意を宿した瞳で儂を見据えた。
「売れない作物はまだ作っていますか?」
「売れないが育てよとハボル様が言い残されたそうだから。育てて収獲した物は、ハボル様へのお供えとして、作付けが途絶えぬようにしている」
「それらを譲って頂くことは?」
「レオ殿がハボル様の末裔であると証明できれば。この村の端にハボル様の家がある。その家の鍵はハボル様とそのご家族にしか開けられなかった。そこをレオ殿が開けられれば村の物を何でも差し上げましょう」
翌朝、日が登り始めた頃に家を出て東へと向かって行く。太陽が地面から離れる頃には道のない草原へと踏み入った。伸び放題に伸びた草はレオ殿の背よりも高い。二人の青年は歩きにくそうに付いてくる。
ザンッという音に振り向くと、ダリオ殿が一掴みの草を刈り、レオ殿に渡していた。渡された草を指先で摘み、捩り、断面を覗いている。
「……丈夫な草だ。水辺に近いせいか、繊維がしっかりしている。マリオさん、この草は村では使わないのですか?」
「ああ、ただの雑草だ。刈っても、刈っても生えてくる厄介者だよ」
地面に埋め込まれた石の目印に従いながら進み、草を打ち払いひたすら東へと向かう。太陽が進行方向より右にずれ高く昇った頃、目的の洞窟入口に辿り着いた。洞窟に入る前に、軽い食事をとって一休みする。
「村を出る時にあの草も頂いても構いませんか?できれば、この穂先の種は別にして持っていきたいのですが」
レオ殿が保存食だという固焼きパンを差し出しながら問うた。この不思議な食べ物が草の代金とでもいうのだろうか?ふむ、硬いが不味くはないな。だがまぁあの草をきちんとした商品にするほどの価値がこの固焼きパンにあるようには思えない。
「構いませんよ、穀物と同じように種も取れるでしょうから道具も貸しましょう」
レオ殿は表情を変えなかったがダリオ殿は顔を顰めて天を仰いだ。そうか、作業をするのはダリオ殿だからな。
簡単な昼食後洞窟に入った。一歩入ると湿り気を含んだ冷たい風を感じる。この洞窟は真っ直ぐ三キロ続き海に繋がっているからだ。山が隔てた向こうを知るのは空を飛ぶものだけであろう。誰もこの先に海が有ることは知らない。儂もこの洞窟に入るのは村長を引き継いだ時以来の数十年ぶりだ。その引き継ぎの時に初めてこの向こうが海だと知ったのだ。
「もしや、この洞窟は海に繋がっている?」
洞窟に入って一時間歩いた所でダリオ殿に尋ねられ、驚いた。
「なぜそう思われた?」
「音と香りが。反響して判りにくくなってはいるが、波が岩に当たる音が聞こえます。それにこのしっとりした香りは潮のものでしょう」
「ダリオ殿は海辺の街でお育ちなのか?」
「いえ、ハボルの痕跡を辿った中で海辺の街に訪れた事がある程度です。ただ、我が国では大盗賊と言われていたのに、レオが海賊と呼んだので、ハボル氏は海に縁のある人物だろうとは思っていました」
「ダリオ殿は随分と熱心にハボル様を調べられたのですな。仰るとおりこの先は海です。その海に近い所にハボル様の家があります」
この洞窟内いくつかの壁には魔術鍵が施されていて、横穴が隠されている。横穴になっている部屋の岩壁にはハボル様の叡智が記されており、村長を引き継ぐ者はそれを読み記憶していく。そして子どもたちに賢者様の事を語り聞かせるのが村長の役目の一つだ。
この洞窟内に施された魔術鍵のうち一つだけ、村に伝わる魔術で開けられない。そこはハボル様がこの村に来た時に滞在されていた場所だ。
足元が水に浸かりだした場所。すぐ先に光が見える場所の左側の岩壁をレオ殿に指し示せば、レオ殿は笑顔で頷かれた。壁に手を当てながら歌うように呪文を唱えられると、岩壁が青く輝きながら二つに割れ開いた。
横穴の中にはベッドと机と椅子。それから瓶が二つに木箱が一つ。洞窟の中と思えない程に整えられた壁面には、おそらく魔術紋と思われる模様がビッシリと書かれている。
「うわぁ」と声を上げたレオ殿は壁を見ながら顔を顰めて、次に瓶を覗いてまた顔を顰めた。
「ダリオ、帝国で禁術を定めた皇帝様って、どれくらい昔の人?」
「処刑皇帝の二代前。だけど実質は一代前ってところかな」
「その禁術皇帝と処刑皇帝の間の皇帝については後で教えて。この部屋、俺でも解読できない魔術紋で構成されてる。なんとなく保存の魔術っぽいけど。で、一番奇っ怪な魔術紋がアレなんだけど、開けてみる?」
レオ殿が指したのはベッドの隣の木箱。ダリオ殿の開けれるのかという問いに鍵はかかってないと返しながらもう開けている。
開けた中からは、女性の筆跡と見られる手紙と沢山の衣類が出てきた。手紙をダリオ殿に渡したレオ殿は、衣類を一枚一枚広げ何かを確認されている。こうなっては儂はただの案内人でしかなく、何もすることがない。この洞窟や村のことを聞かれれば知る限りの事はお答えするつもりだが、このお二人はこの場にある物で大体の事を知ってしまえる様だ。
「村長さん、この場所は元通りに鍵をかけておきましょう。どうか村長さんも内密にしていただけますか?」
「えぇ、ご子孫殿の意向に従いましょう。作物の方はどうされますかな?」
「今有る分を少し分けて頂ければありがたいです。この洞窟にあるのでしょう?お供えとして納められた物を保存する場所が」
ハボル様の家の鍵をかけ直し、洞窟を村へと戻りながら使い道の判らなかった作物の納められた部屋へと案内した。そこでレオ様の希望される物を引き渡し儂の家まで戻るとすっかり日暮れとなっていた。
簡単な夕食を食べながら話をすると、持っている暗号の一部に読み取れない所があるとレオ殿が言う。この村の様にハボルの痕跡の残る場所を知らないかと尋ねられた。
「賢者ハボル様の痕跡があるかは判りませんが、古い魔術の事でしたら、エルフに尋ねてみるのはいかがでしょう?この村の北西方向にある樹海の中にエルフの暮らす里がございます」




