第十四話 ゴーレム・ハボル
エマにこの体を作ってもらってどれほどの歳月が過ぎたのだろうか?キラキラと煌めく水面を眺める。今日は良い天気だ。山の上にあるエマの墓に花を供えて、代わり映えのない景色を見下ろす。
近くて遠い陸には変わりない人の営みが蠢いている。あの時建てた壁は彼らの子孫を守っているだろうか。ここからは見えない山奥に思いを馳せていると、ピリッと首筋を針で刺すような刺激を感じた。ネイダが最期に来てから感じる事のなかった刺激だ。だれかが正しい方法で島にやってきた様だ。来た者を見極めねば。
砂浜に船を引き上げている二人の少年を見つけた。一人は儂と同じ金髪青目でどうやら子孫の様だと判るが、もう一人はどういった者か。
ふと子孫と目が合ったが、顎が外れそうな程に口を開けて尻もちをつきおった。あぁそうか、そう言えば面白がったエマがバカでかい体にしたんだったか
腰を落として、彼らの前に手を差し出してみると黒髪の少年が指を掴んだ
「はじめまして?」
「それは、握手のつもりか?」
「違いましたか?」
「握手ならばこうだろうよ?」
手の向きを変えて差し出すと、黒髪の少年が頷きながら両手で儂の人差し指を握った。儂の子孫も恐る恐ると近寄ってきて同じように人差し指を握った。それから首を大きく反らせて儂を見上げてきたので、改めて掌を上向きにした。
「見上げていては首が痛かろう。乗りなさい。しかし、お前はあれと儂の子孫にしては胆力が足りないなぁ。それでよくここまで来れたものだ」
「えっ?レオのご先祖様なの?」
「多分な。息子によく似ておるし。その瞳の色が儂の血を証明してるさ。テインの花の様な、エマに愛された儂の色だ。お前ら知ってて儂を探しに来たのでは無いのか?」
二人を手に乗せて山を上り、エマの墓に戻ってきた。移動する間に聞けばネイダの玄孫のレオとあの気弱な処刑人の親戚の子孫ダリオだと。ダリオがレオを唆して一年半かけてここまで来たんだとさ。ご苦労な事で。
あの船を動かした魔導回路を補う品々を聞いて思わず笑ってしまった。なんだ船のエンジンレバーがおたまって。はっ?調味機能付きのお玉の魔導回路を組み替えて、海の塩味を調整して船を安定させたり、速度を出しやすくする調整機能をつけた?おいおい、儂の子孫天才じゃないか?
「お前、見た目は儂に似てるくせに、中身はエマそっくりだな。それも自分で新しく作った魔道具だろう?」
襟元に付けてるブローチを指して少し寂しい気持ちになった。あの日、処刑台の上からエマに返したブローチに似ているが違う。きっとあのブローチは子孫に受け継がれなかったんだろう。儂が指したブローチをスルリと撫でたレオは空を見上げた。
「エマ様にも話を聞いてみたかったですね」
墓の隣の木の枝に二人を座らせると、ようやく儂と視線の高さが同じになった。これで少し喋りやすくなったわ。せっかく座らせたのに、ダリオは枝の上で立ち上がって、自分達がやって来た海の方に目を凝らした。砂浜に引き上げた船を指さし、対岸の岩礁を指さし、随分と楽しそうだ。
「わぁ、良い景色ですね。これが、見つけられないと宣言された大盗賊ハボルの宝ですか?」
「そうだ。この島自体が宝さ。あんな宝石や美術品など比べるにも及ばん。ところで、今の様子を聞かせてくれるか?一年半も旅をしていたのなら大陸中を巡ったのだろう?儂が変化のないこの島で何百年いたと思っている?」
「えぇ?!そんなに経ってないですよ。ハボル様の処刑からせいぜい百五十年ですって!」
「そうか?それにしたって、俺が暮らしていた頃とはどの国も変わったのだろう?」
二人は、儂の心を読んだように、弱き者を守る為に壁を作ったあの町や、尊厳を奪われた者を守る為に作った結界に囲まれた森での事を率先して話してくれた。
「どちらにもハボル様の伝説が残っていましたよ。お陰でわりとすぐに信頼してもらえて助かりました」
ニコリと瞳を煌めかせたレオの金髪が風に揺れる。そうか木の葉が揺れなくても風が吹いているのか。気付いた瞬間風が肌を撫でる感触を思い出した。ゴーレムの体で感じることがなく忘れていた事だ。一つ思い出せば、エマの墓に供えた花の香りも、背中に当たる日差しの温かさも思い出した。
きっと、二人の旅で人々の信頼を得たのは、何気ない行動や言葉で感情を揺らしたからだろう。ふっと笑顔を見せてやりたいが、今の儂に表情はあるのだろうか。
「俺らも聞きたい事が沢山あるんですよ。俺の国に伝わる大盗賊ハボルは処刑上で「俺の宝は誰にも見つけられない!探したきゃ探せば良いさ!」って派手に煽ったんでしょう?あれはどういう意味だったんです?」
また、儂の心を読んだかのように、やけに明るくダリオが尋ねた。
「簡単には見つけられないって自信があったんだよ。お前らも苦労しただろう?」
「俺の実家の書庫にあった、ご先祖の日記に『ハボルの宝の正体が判った。少なくとも皇帝が変わるまでは隠し通さなければいけない。いやもしかしたら永遠に隠さなければいけない物なのかもしれない』と書かれていました。彼はあなたに会いに来ましたか?」
「残念ながら儂は会っていないよ。もしかしたらエマには会ったのかもしれないが」
ダリオはシルビオというあの処刑人の日記の事や、その後儂の宝を探しそして隠す旅をしていたらしい事を語ってくれた。シルビオがどこまで何を見つけたのかは分からない。晩年のシルビオの日記に様々な装飾品のデザインが書かれていたって事は、やっぱりエマには会ったのだろう。せめてこの島の姿を見るくらいできていたら良いのだが、どうだろうか。
「シルビオの日記には、あなたの盗賊団が誰もかれも悪人には見えなかったって書いてありました」
「儂はあの処刑人に随分悪い事をしてしまったな。彼は儂の盗賊団が捕まって人手不足になった刑務官の補充人員だったのだろう?処刑用の斧を握る手が震えていて、ひどく辛そうだった」
ダリオはカラリと笑って、家の事情を語った。俺に出会ったから旅に出れてシルビオも自分も楽しい人生になったと笑う表情は嘘偽りない様に見えて、儂の心を軽くしてくれた。
この二人になら、全ての宝を預けられる。並んで海の方を眺めながら話していたが。立ち位置を変えて二人を正面から見た。二人が眩しく見えるのは、真昼の太陽を背にしているだけではないだろう。
「レオ、財宝を見つけし者よ。時は満ちたか?」。
「はい……と僕が言い切って良いのかは分かりませんが、ハボル様が守りたかったモノを理解はできました」
朗らかに微笑みながらも、真っすぐに儂を見る青い瞳には真摯な覚悟が見えた。
「そうか。ならばお前たち、一休みしたら島を探検してみると良い。本当の宝を見つけてきなさい」
儂の言葉に二人は目を輝かせて、スルスルと木を降りると荷物を広げ出した。なんだ?次々に不思議な道具が出てくる。エマの鞄の中にソックリじゃないか。
「ちょっとお腹がすいたんだ。ハボル様も食べるでしょう?」
「儂は、空腹もなければ味も分からない。食事はできんよ」
レオは儂の言葉に構う事無く、三人分のスープを作った。ほわほわと湯気を上げるスープの器を渡されて、感じるはずのない温かさと、懐かしいほろ苦さを感じた。儂がスープの水面を見つめていると、レオが荷物から紙束を取り出した。
「これ、このスープの味付けに使ったスパイスの配合です。エマ様の配合もありますか?」
二人が島の探検に行くのを見送って、レオから借りた紙束と向き合う。几帳面さの現れた文字を辿ると、口の中に痛みを感じる辛味や、頬を締め上げるような酸味が思い起こされた。スープの器を口の辺りに当ててみれば、エマと暮らしていた森の景色が目の前に広がった。
エルフを森に集めたのは、エマの実験の為に「尊厳を奪われている者を保護する」という建前が必要だったからだ。あの森で完成させた結界魔法はこの島を隠すために作ったもので、あの長老に施した魂入れ替えの術は、この島の守り人たる儂を作る為でしかなかった。
建前を信じて慕ってくれたエルフ達、今となっては森に閉じ込めて、儂こそが自由を奪ったのではないか。懐かしい光景を思い出すほどに、申し訳なさが強くなる。
どれだけ記憶の世界に佇んでいたのか、気付くと辺りは暗くなって、目の前には必死な顔のレオが居た。島の草や石を並べて何か魔道具を作ろうとしている様に見える。
「あっ、起きました?ハボル様も眠るんですね?」
呑気に話しかけるダリオの声に振り向いたレオは、涙を溜めた目で儂を睨んだ。呼びかけても反応しない儂は壊れたとおもわれていたのか。
「心配かけて悪かったな」
「良いんです。まだお話できるならそれで良いんです。そうだ!これ見てください!」
目の前には島中に生えている雑草の束が二つユラユラと穂先を揺らしている。この雑草が二人にとっての宝だったのか?
「ハボル様が様々な植物の栽培を教えたという村に生えていた草です!これは今のエルフの森も救ったんですよ」
「ん?儂は植物栽培を教えたことなど……ネイダだな。その村にその雑草を持ち込んだのは儂の息子のネイダだ。儂の名前で善行をして、大盗賊という言い伝えを消そうとしたのだろう」
「じゃあこれは?」
次に見せられたのは絹芋だった。懐かしい。確かに絹芋は儂があちこちに植えた物だ。外に決して出さなかった、魔力を多分に含む石、食べれば酩酊状態になる木の実も見つけたが二人の目にもあれらを持ち出すほどの時は満ちていないそうだ。
翌朝、二人を島の南側に案内した。ただただ水平線が広がるだけの海。対岸なんてものの影すらも見えない海が南側には広がっている。その海岸沿いの洞窟を利用して作った舟屋に連れて行った。
置いてある船は百年以上動かしてもないし、手入れもしていないが、白い輝きを放ちいつでも動ける状態にある。この島全体が魔石でできているおかげで、維持の魔力を欠くことはないからな。
二人は唖然と船を見上げている。儂が海賊として暴れまわっていた頃の愛船だ。そりゃあ、当時は強そうに見せるために無駄に大きく作ったものだが、今の二人には少しばかり荷が重いだろうか。
「お前たち、明日には出て行きなさい。この船は儂が使っていた物だ。これを使えばお前たちがあの雑草を見たという村に五日ほどで着くだろう。いつかまた、この島を懐かしく思った時に、儂へのお土産を持ってきてくれないか?」
「ハボル様へのお土産?」
「エマの面影だよ。なにやらエマと儂の文通の形跡も見つけたのだろう?」
儂の隣に立っているダリオを見下ろす。あの日のシルビオの様な不安に揺れる鳶色の瞳と視線がぶつかった。
「ダリオはここに乗って来た船で自分の家に戻りなさい。王子様との約束も、結婚の約束もあるのだろう?お前もいつか、この島を懐かしいと思った時に、シルビオの面影を持ってきてくれないか?」
二人を見送った二年後、二人はシルビオの面影を連れて島に戻って来た。儂の行った面影は、シルビオの残した物のつもりだったが、まさかのダリオの息子という生きた面影を連れてきおった。まったく、ないはずの心臓が止まりそうになったわ。
これにて完結です。最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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