第十三話 海辺の村の漁師・ドラゴ
「あぁん?なんだって?」
目の前には、金の髪を海風に靡かせた優男が俺を見あげてる。ゴツゴツとした岩礁の海岸なんかより、西の砂浜が似合いそうなお上品な男だ。確かに金髪に海の様な青色の瞳をしちゃあいるが、おとぎ話に出てくる冒険家とは程遠い風貌だ。
「伝承は途絶えてるの?『エマの元へ帰らせて』」
叫ぶように伝承通りの言葉を言いながら、俺の目の前に寄せ木細工の箱を突き出した。手のひらに収まる程度の大きさの、何も入らない様な小箱だが、これもあのおとぎ話に出てくる。あぁ、畜生。なんだって今更こんなのがくるんだよ?!
あのおとぎ話を信じて待ってたのは十歳までだ。四十六にもなった今更来られたって、何の夢も願いも無いっての!
それでも村の言い伝えに従わない訳にもいかない。コイツが本当にあの船の主なら案内しなければ、俺のほうが祟られちまう。
「俺が聞いてる伝承では、一人の筈なんだが?」
眼の前のガキ二人が俺の言葉に顔を見合わせた。まぁ一人しか案内するなという口伝はない。だが、連れが居たら見極めろという追加の口伝もある。この口伝はシルビオという旅人によって追加されたらしい。この二人の表情を見るに、問題はなさそうだがな。
「もしや、船が操舵士以外に一人しか乗れないのか?それなら、俺に船の操舵を教えてくれるか?コイツと二人で行ってくる」
しばし見つめ合って顎先で会話をしていたが、どうやら金髪の優男が負けたらしい。そしてとんでもなく的外れな事を言い出した。俺の船でも五人は乗れるっての。ましてコイツが求めてる船なら百人でも乗れるだろうよ。
「はぁ?!お前、舐めてんのか?」
「そんな!そんなつもりはない!謝礼は払うし、責任も問わないし、……えっと、ダリオ、あとなんだっけ?」
「変な所でこっちに振るな!で、ドラゴ殿。舐めていないからこそ操舵を習いたい。現状、俺にも行き先は見えていないがレオには見えているらしい。それに過去にここから幻の島へ向かっって帰って来た者はいないのだろう?俺らの我儘で妻子あるドラゴ殿をそんな所に向かわせるのは忍びない」
「あぁん?生意気だな。てめぇらみたいなガキに心配されるほど落ちぶれちゃいねぇが、俺は大人だから、てめぇらの心意気を受け取ってやる。二等航海士くらいの腕前くらいまでは鍛えてやる。明後日から二週間見習いとして俺の船に乗れ」
約束の日の朝、日が昇る寸前の茜色の水平線を前に、二人組は目を輝かせた。一昨日コイツ等と出会った時は満ちていた潮が引いて、まばらに砂を被った岩場が広がっている。ついでにここに流れ込んでくる河まで干上がってるくらいだ。
「本当に海ってのはコロコロ景色が変わるんだねぇ」
「ここに有った水はどこに行ったんだろうな」
「そりゃあ鬼の洗濯板を落ちたんだろうよ。海の水は鬼の洗濯板を滑り落ちて悪いものが無くなったらノトスクライスがこっそり返してくれるんだ」
顔を見合わせてから俺をキラキラとした目で見上げてくる二人に、海の果ての景色とノトスクライスと呼ばれる風の事を話して聞かせた。まぁ、ノトスクライスがどんな風かは話しても、いつ吹くのかは教えてやらなかったんだけどな。
俺は一日中二人組みを連れて岩場を歩いた。岩場に落ちてる海藻は潮が満ちてれば海に浮かんでいる物だ。海の上から拾って食べれる事、海の水はしょっぱくて一口飲んだら却って喉が乾いちまうこと、簡単に釣れて海の上で食料にしやすい魚なんかを教えた。
一日中楽しげに付いてきたコイツらは、見た目より体力があるんだな。まぁ合格だ。潮風や太陽ってのは当たるだけで体力を持って行くからな。
二日目。村の人間が居ない静まり返った港には、チャポン、チャポンという波が船舷を叩く音が響くばかりだ。今は晴れて変わりない空に見えるが、あと数時間もすると南からの強い風、ノトスクライスが吹くだろう。風に備えてどの船もいつもとは違うロープの掛け方がしてある。
「……ドラゴさん。今日はみんな、お休みなんですか?」
「あれ?あの船、昨日と繋ぎ方が違いますね。ロープの数が増えてる」
二人してお上品に首を傾げながら、俺を見上げてきた。あぁ、畜生!なんだこの妙に世話を焼きたくなる感覚は!しかも、たった三回しか来てなねぇのに、そこに気付くなんて、文句の付けようもないじゃないか!
俺が何も答えずに居れば、金髪優男は岸壁の端まで行き、係船柱に手をかけて海面を覗き込んだ。
「それだけじゃないよ。ロープが昨日よりずっと緩んでる。あんなにダランとしてて、船が流されちゃわないのかな」
ふんっ。目は良いがやっぱりまだ海の素人だな。波と風の恐ろしさが分かっちゃいねぇ。
「逆だ。緩めてるんじゃねぇ、逃がしてんだよ。今日はこれから、強い風が吹いて海が荒れる。ガチガチに縛り上げりゃ、風や波に持ち上げられた船の重さで、ロープが切れるか岸壁の金具がブチ抜ける。そうなったら船は一貫の終わりだ。村の連中は、夜明け前に総出でロープを組み替えたのさ。普通ならこんな日は海には出ないもんだが……お前らの行きたがってる所に行くには荒れた海に慣れることも必要だろうよ」
俺の船はちっこい漁船だ。コイツらが帝都で乗ったって船とは随分違うのだろう。戸惑いながらも何とか甲板に乗った二人に、そのまま立っている様に指示して、俺はチャッチャと出港準備をする。係留柱からロープを外し、飛び乗ったら操舵室に走りこんでレバーを押し込んだ。ボンッドッドッドッドという音で船はゆっくり動き出す。防波堤を出てからが勝負だ。
「まずは海に慣れろ!船から振り落とされるなよ!」
船が防波堤を越えた瞬間に燃料ポットにとっておきを放り込んで、もう一段階レバーを押し上げた。ギュイーンと甲高い音がして船首がグイっと持ち上がる。普段はやらない急加速をさせた船が大きく揺れた。
慣れていない人間なら尻もちをついたり、少なくともたたらを踏むような船の挙動にもあの二人は動じずに立ってやがる。驚く声の一つも聞こえてこないなんて可愛げがない!だが船乗りのセンスはありそうだな。
「面舵いっぱ―い!……からの取舵いっぱーーい!」
俺は右に左に舵輪を回しながら甲板の様子を窺っていた。バランスを崩して転ぶか、それとも脳みそ揺らされて顔を青くするか。だが、二人はどっちでもなかった。
海を眺め、空を眺め、楽し気に話している。黒髪の兄ちゃんは見た目通りどっしりと腰を落とした姿勢で立っているし、金髪の兄ちゃんは、揺れに合わせて膝を柔らかく使い、まるで踊っているかのような奇妙なリズムで立っている。
ここまできたらおとぎ話の冒険家だと認めてやらなきゃな。操舵室から出た俺は二人の肩に手を置いた。ちょうどそろそろノトスクライスが吹く時間だ。
「次は力仕事だ。あの帆を張れ!風を読んで、行きたい方へ行ける様に風の受ける向きも考えて張るんだぞ!」
俺は意地悪く畳んだままのマストを指さした。黒髪の兄ちゃんはじぃっとマストを見上げて、空中に指先を滑らせた。あれはロープのつながりを辿ってる動きか。センスあるじゃないか!
「レオ、そっちの太いロープを掴んで構えろ。それが上の棒を引き揚げるための鍵だ」
おい、お前!あいつは分かってて言い出したな。悪い顔してやがる。金髪の兄ちゃんは口をへの字に曲げつつもハリアードを掴んだ。ふんっ。ちょうどその細っこい体の膂力が見たかったんだ。
二人は目を合わせタイミングを計りながらガスケットを解いた。ボフッと帆に風の入る音はしたが、金髪の兄ちゃんは顔を真っ赤にしながらも踏みとどまった。まぁ上出来だ。
「レオ!気合を入れろ。しっかり引かないと帆は開かんぞ!」
レオの前に出て一緒にハリアードを引くと思った以上に重たい!畜生!意地悪し過ぎたか!
「おいダリオ!お前もこっちに来て引け!」
「えっ?なに?……ドラゴさん、ちょっと待ってください。あと三十秒?」
「あぁん?何言ってんだレオ?今引かなきゃ帆がグチャグチャに……」
ノトスクライスが止まった?最低三時間、長ければ一日吹き続けるはずのノトスクライスが吹き始めて一時間もしないうちに止まった?
「今です!急がないと!二分しか持たないって!」
何が何だか分からないが、急いで帆を張った。貼り終えた瞬間にいっそう強い風が吹いて船が流される。いや、風が船を進めてくれてるのか?いや、今日は果てまでいくつもりはないんだ!
「お前……今、何をした?」
「僕は何も。ただ風の精霊が手伝ってくれるって言ったのでお任せしました」
風の精霊だと?いるのか?こんな所に。精霊はエルフという魔法に長けた人間と一緒にこの世から姿を消したんじゃなかったのか?エルフと精霊の話だって、ジジイが子供の頃に聞いたっていうおとぎ話で、金髪青眼の冒険家の話以上に誰も信じてなかった。
そんな存在の精霊の事を、レオは信じるとかじゃなくまるで友達の様に言った。ほんっとに、おとぎ話の主人公様ってのは。
もう俺は何を見ても驚かないぞ。レオはただものじゃないんだ。と思ってたら、目の前に小さな堅パンが出された。うん?珍しさはないが違和感のある堅パンを受け取って口に放り込んだ。
「なんだこれ?!旨い!」
「美味しいですよね。カロリーナさんの料理は絶品なんですよ。これ故郷の保存食だって言うから、てっきりドラゴさんは食べ慣れてるかと思いました」
カロリーナってのはもしかして、二十三年前に男を追っかけて出て行った従妹か?もう一つ差し出された堅パンを味わって確信した。あぁ畜生!港で迷わず俺に話しかけてきた理由はそれか!
「今日はもう帰るぞ!」
俺はその日の晩、レオとダリオをジジイの家に案内してやった。カロリーナの話も妖精とエルフの話も、ジジイは楽しそうに聞いてた。ジジイが笑うのを見たのは随分久しぶりだ。
「この村の有名な伝承はカロリーナに聞いたかい?」
「『エマの所に帰らせて』って言えば船に乗せてもらえるってだけ教えてもらったんです。お爺さんは物語としてその伝承をご存知なんですか?」
「これは、エマという魔法使いが愛する男を待つために残した話だと言われてるよ。物語は君みたいな金の髪に海色の瞳の男が主人公なんだけどね」
ジジイは嬉しげにあの寝物語を語って、ついでに俺が人魚に会いたいから金髪青目の男を待ってたなんて話までバラしやがった。聞いたレオは何かを考え込んだけど、気にしなくていいぞ。
翌日から十日は船に乗りっぱなしの訓練をする事にした。海のことは海で学ぶのが一番だからな。
自分の現在地を把握し、目的地を見失わない為の山立ての技術を存外ダリオが早々に習得した。レオはどうやら俺らと見えてる景色が違うらしく習得できなかった。その代わり夜に、星と月を見ながら位置を把握するのは上手かった。
七日目の昼、俺たちは海の果ての目の前にいる。これ以上近付けば船ごと果てに飲み込まれるって距離で、果てを見てる。果てしなく続く様に見えていた海に突然現れる線。その向こう側は黒に近い藍色で、水がどこかへ流れ落ちて行っている。
「見ろ。あそこから先は色が違うだろう?あそこが『鬼の洗濯板』だ。コイツみたいな並みの船じゃ木の葉の様に遊ばれる……だから、俺が案内できるのは此処までだ」
そこから村へ戻る航路の途中、大量の影が船を囲んだ。寝転んだ俺より少し大きいくらいの影、ヒレらしき形も見えるから魚の様だが、人が泳ぐ様に体をうねらせて進んでいる。
「ドラゴさん……人魚って大昔に呼ばれていた魚達です」
レオの言葉を合図にしたかの様に巨大な魚が海面から跳び上がった。次々にあちこちで飛び跳ねて、大量の水しぶきを間断なく上げている。甲板は水浸しだ。勘弁してくれ。
「人魚ってのは随分と悪戯好きなんだなぁ!あぁん?」
俺が叫ぶと魚達が顔だけを出した状態で止った。つぶらな瞳は可愛らしいけど、俺が想像してた人魚とは違う。ってかコイツら俺の言葉も分かるのか?
目が合った一頭がキュイっと鳴いてヒレで水面を叩く。ん?もしや俺の考えてることを読んでる?
「ドラゴさん、全部口から出てますって。それで、この子たち仲間を食べないなら、秘密にしてくれるならドラゴさんとも友達になるって言ってます。これで伝承を真実として伝えてくれますか?金の髪に青い目の旅人がエマに会いたいって言って協力したら願いが叶うって。旅人には見えない島が見えているから、行き先を尋ねろとつけ足して」
俺は人魚達と友情を結んだ。彼ら彼女らは友情の証しとして海の深くにある貝殻を俺にくれた。その対価は伝承の船を二人に渡すことらしい。
陸に戻って一日休んでから、俺は南東の岩場の隙間に二人を案内した。村の共有財産だと思っていた船の事だからと、村中の男たちが付いてきた。ゾロゾロと歩きにくい岩場を歩いていくと、南向きにポッカリと口を開けた洞穴がある。その中に鎮座する船は相変わらず鈍色の船体で太陽の光を跳ね返していた。
洞穴の入り口には不思議な模様の小さな台が有って、村の漁師が当番で決まった貝殻を3つ供える。けれど誰も前日に供えられた貝殻を見たことがないという不思議な台だ。その台に目を留めたレオが、人魚に貰った不思議な木を突き挿した。目が眩む程の光を台が放って鈍色の船を白く染めていく。
村人が呆気に取られる中、ジジイだけは涙を流して嗚咽を上げている。ジジイも村人も気にせずにレオは船に歩み寄って左舷に触れた。カチリという音がして甲板からはしごが降りてきた。ふと船首に書かれた文字が目に入った。『ネイダ』この船の名前か?
「皆さん付いてきますか?一緒に出航するわけには行かないですけど、中を見てもらうくらいなら良いと思うんです」
頑丈な揺れないはしごを登って船の中にはいると、レオは真っ先に帆をかけ変え始めだした。自然と村人も手伝ってるが、コイツら手伝い目当てに俺等を乗せたな。青くて薄くて軽いのに、どんなに引っ張っても破ける気配のない不思議な帆をかけ終わると、マストの下にお玉を差し込んだ。ん?なんでおたま?見張り台の上には寄木細工の小箱、燃料ポットには薄茶色の泥玉をはめて最後に操舵室に入ると、都会的な美しいブローチを舵輪の真ん中にはめ込んだ。
その瞬間、ウィーンという金属がこすれる様な音が聞こえて、どこからともなく船が動き始める時のツンっとした匂いがしてきた。
「この船と一緒にエマに会ってきます。きっと戻って来ますから、しばらく僕らにこの船を貸して下さい」
「貸すなんてとんでもない!元々君の物だろう。返す時が来たんだ。返す必要はないが、無事にエマに会ってここに戻ってきてくれると嬉しい。ワシが生きてるうちに」
ジジイの言葉に反対する奴なんて居なくて、俺たちは伝説の旅人を見送った。
次回で最終回2/1に更新です。最後までよろしくお願いします




