第十一話 半人前細工師・ミリャーナ
「ここも国境警備の街なんでしょう?プロースルとは随分雰囲気が違うね。帝国はどこもこんな都会的なの?」
「俺も帝国の隅々まで知ってる訳じゃないけど、森や草原は少ないんじゃないかなぁ。そのかわり大きな湖があるんだよ。領土は広いけど土地が少ない分歴々代々躍起になって開発したんだろうね。それにこの街はが隣接してるのは友好国の王都だから、国境警備というより交易の意味が強い街なのさ」
聞こえる筈のない声に驚いて確認しようとした瞬間、不覚にもバランスを崩してしまいました。不味いと思った時には私は背中を地面に打ち付けていました。誰も下敷きにしなくて良かったと思います。今日は咄嗟にも受け身が取れたし良い日です。
「ミリャーナ?!」
立ち上がって服についた土埃を払って居ると懐かしい声に大きな声で呼ばれました。声の方に視線を向ければ二人の男性が立っていました。少し裏返って私を呼ぶ声と丸めた鳶色の瞳は、懐かしくもここに居るはずのないダリオ様に間違いありません。三年前とお変わりなく嬉しく思います。わたくしは懐かしさも慕わしさも全て丸めてニッコリと微笑みました。
「ダリオ様どうしてこちらに?」
「いや、僕がここに居ることより、女性が木から降ってくる事の方がおかしいからね!」
ダリオ様の声に周囲の方たちが「そんなことないぞー」「三日に一回は落ちてくるぞー」「先月下敷きにされたー」などと好き勝手に返事をされています。えぇ、そうです。ここではわたくしが木から落ちるのは日常なのです。ですが三日に一度は落ちてくるっていうのは間違いですわ。落ちているのは月に一度くらいで、他は降りているのです。
ダリオ様は周囲の言葉にギュッと眉を寄せて難しいお顔をなさりました。隣の御仁は口に手を当てて笑いをかみ殺していらっしゃいます。金髪に青い瞳のダリオ様と並んでも遜色ないほどお顔の整った御仁は異国からのお客様でしょうか?この町でならばたまに見かけますがわたくしやダリオ様の故郷である帝都では見かけない容姿です。
わたくしが黙っておりますと、眉を吊り上げたダリオ様が目の前まで近寄って来られました。ドキリと心臓が跳ねたのを悟られないようにお顔を見上げました。太陽を背に輝くダリオ様を見上げると十年以上前の記憶が感情を伴って蘇ってまいります。
「ミリャーナ?まさかヨゾとカロリーナの反対を振り切ってまで家を出たのが、木の上で昼寝をする為だなんて言わないよね?三年も経っているしそれなりの物は作れる様になっているよね?」
わたくしは懐かしい気持ちになっていましたが、ダリオ様の口からはお説教の言葉が溢れています。出会った時と同じように諭す様な口調で話しかけられるのは少々悔しいものです。わたくしだって大人になりましたのに。
「ミリャーナ!」
おっと、お説教要員が追加されそうです。遠くから大声で呼びかける友人の姿を見た途端に囲んでいた野次馬が道を作りました。わたくしの逃げ道は後ろしかない様です。
「逃げようと思っても無駄だよ。それにしても今日は随分派手に落ちたねぇ。そちらは故郷のお知り合いかな?」
あっ、と思った時にはゾランに腕を掴まれていました。この兄妹はなぜこんなにわたくしを捕まえる為の連携が上手いのでしょう。納品に間に合わなかった事などないのですから、そんな必死に捕まえなくてもよろしいのに。
「ミリャーナ!普通は、普通の大人は、昼間から木登りなんかしないって何回言えば解るの?!」
あっという間にやって来たオリビアがわたくしの正面に立ち、両肩を掴んでユサユサと揺らします。キツネ獣人とドワーフのハーフであるオリビアは力持ちで、興奮すると力のコントロールが甘くなります。そうです、今わたくしを揺らす勢いも強くてだんだんと気持ち悪くなってきました。
「ねぇ、聞いてる?!お転婆が可愛いのは十歳までよ!木登りする結婚適齢期の女性なんて見向きもされないどころか、みんなドン引きよ!一生独身よ!まぁこの辺りの人間は皆知ってる事だから今更やめても無駄かもしれないけどね!」
オリビアが頭の上の耳をピクピクさせながら捲し立てていますが、わたくしはそもそも結婚する気はないのです。初恋の方に振られた時点でもう恋はしないと決めているのです。なので、木登りに何の問題もないのです。
「オリビア、離して……吐きそう」
どうにか絞り出した声にハッとしたオリビアが手を離した所で、後ろから肩に手をかけられました。オリビアの手とは違う大きな掌の重みと共にフワリとミネロブーの香りがします。さっきも嗅いだ匂いの主はダリオ様でしょう。こんな珍しい匂い、一体どこで纏ってきたのでしょうか。
跳ねまわる心臓を落ち着かせるために深呼吸をして振り向けば、初めて会った時と同じように心配げな表情を浮かべたダリオ様が、わたくしを見下ろしています。最後に会ってから随分と背が伸びて男らしくなられたものです。
「ミリャーナ、僕はこの街で買い物をしたら、船でヨゾに会いに行こうと思っているんだけれど、一緒に行かない?」
「ダリオ様、わたくしまだ修行中ですので里帰りをする訳には……」
「ふぅん?修行中の細工師が、街中の木の上で、昼寝してるの?それはあれかな?小さい頃にそういう癖がついたのかな?なら僕の責任だねぇ?責任を持って更生させないとねぇ。お嬢さん、ミリャーナの所業を教えて頂けるかな?」
なぜか楽し気な笑顔を浮かべたダリオ様は、大きく一歩オリビアに近付きました。オリビアはその種族故に遠巻きにされることも多いので、グイグイと笑顔で話しかけるダリオ様に驚いて尻尾が膨らんでいます。
「えっ?えぇっと、あの?」
「あぁ、失礼しました。ミリャーナの幼馴染のダリオです。今は友人のレオと行商人の様な事をしています。ミリャーナが一人前の細工師になっていれば商品として仕入れようと思って、この街に寄ったのですが、まさか木から落ちてくるとは思わず驚きました」
「へぇ、ミリャーナの幼馴染の行商人?僕はこの街の西側、湖畔近くで小さな店をしているゾラン・ラニーナ。そっちは妹のオリビア」
オリビアをかばう様に前に出たゾランが差し出した手をダリオ様は躊躇なく握りました。ゾランは眉を上げて笑顔を浮かべました。ダリオ様を取引相手として認めたのでしょう。ゾランはドワーフの血筋の偏屈さがあり、取引相手を選んで商売をしています。外見的にキツネ獣人の色の濃い自身の見た目にどんな反応をするのかで見極めているそうです。
「うちの店にミリャーナの作品がいくつかあるんだけど、見に来ないかい?」
「僕は馭者兼護衛みたいな物で、商売の事はそっちのレオと話してくれるかい?」
ダリオ様の隣で黙って立ってらっしゃった金髪の方はレオ様というそうです。ニッコリと笑いながらわたくしの失敗作をゾランに渡しました。
「木の下に落ちていたよ。これも商品にするの?」
「んー?どうしよう。僕は商品にしたいんだけど、多分ミリャーナは売るなって言うと思う」
「こういう商品にしない物はどうしてるの?」
ゾランの返答を聞いたレオ様は、わたくしの方に向き直りました。正面から改めてお顔を拝見してハッとしました。淡い色合いの金髪に青い瞳はわが国に伝わる大盗賊ハボルと同じ容姿です。悪人には見えませんが、ダリオ様を悪の道に引きずり込んではないないか心配になります。わたくしが見定めて差し上げましょう。
「うちにいっぱい貯まっていますわ。ご覧になります?ゾラン、お店の商談スペースを貸してちょうだいな」
「うちの店を使うの?まぁ明日の夕方なら構わないけど」
「では明日の夕方、ゾランさんのお店に伺います。もちろん買い物もさせてもらいますよ。僕は魔術具を作るかから細工物に興味があるんだ、ミリャーナさんの作品以外も楽しみにしていきます」
翌日の夕刻、ゾランの店で待っているとカラコロリンとドアベルの音がして、ダリオ様達が入ってまいりました。ぐるりと店を見回したレオ様はわたくしの作品の棚へまっすぐに歩いて行かれます。十個ほど並べてある作品のうちブローチばかりを持ち上げて眺めていらっしゃいます。
「ブローチをお探しだったんですか?」
商談スペースのソファーで対面したレオ様に問いかけながら、見せるとお約束していた失敗作を並べていきます。大きな窓から差し込む夕焼けのオレンジ色は白金や青鋼の色にすら温かみを持たせています。
窓の外では湖の水平線がオレンジ色に染まり、向こう側には帝都の城のシルエットが黒く浮かび上がります。ゆったりと進む船は今日の最終便でしょう。
レオ様は先ほど棚から持ってきたブローチと失敗作を次々に窓に向けて翳していらっしゃいます。光に当てた色合いの変化を見ると言うよりは、まるで景色との調和を見るような翳し方に、わたくしは首を傾げました。
「ミリャーナさん。このデザインのアイデアはどのように思いついているのですか?」
カバンからゴソゴソと木箱や布紙片を取り出しながら尋ねられました。最後に出された寄せ木細工の箱にドキリとしました。その箱はわたくしがデザインの元にしている我が家のご先祖の日記に載っていた物にそっくりです。
思わず箱に伸ばしかけた手をダリオ様に掴まれました。顔を上げれば、ダリオ様の鳶色の瞳と視線がぶつかります。
「ミリャーナ、シルビオの日記を何冊持ってる?」
ダリオ様の真剣な瞳に、呼吸も忘れてしまいます。我が家の書庫にあった本を私が持っていても問題ないはずなのに咎められている様な表情と声音です。嘘を言えばダリオ様に嫌われ見捨てられるでしょう。
「三冊。父に黙って実家から持ち出しました」
ダリオ様と出会った日、身分差を埋めるために知識を求めて初めて入った書庫で見つけたのがシルビオの日記でした。シルビオの日記が面白いと話した時にもダリオ様は笑って話を聞いてくださいました。わたくしと話をしてから、ダリオ様もご自宅の書庫に入り浸っていると両親から話を聞いて嬉しくなった事を思い出します。
「ミリャーナ、俺の家にもシルビオの日記はあったんだ。けれどそれが途中で途切れていて、ヨゾに聞いたら在るはずだって言ってた続きがなかったんだ。どうして持ち出したんだ?」
「ダリオ様が仰ったではありませんか?知識は活用してこそ価値があるって。ですからわたくしは、知識を活用してダリオ様と一緒になれる身分が欲しかったのです」
「ずっと、その日記を見てデザインしていたんですよね?すべて作れるようになりましたか?」
静かな問いかけはレオ様のもので、顔を上げると、パカッと寄せ木細工の蓋を開かれました。箱の中を覗き込めば底には複雑な模様が掘られていて、けれど中央は空白になっています。
「ミリャーナさんの作品、どれも外側に続きの模様がありそうなデザインでしたよね?ここにちょうど嵌る、周りの模様と一体化するデザインもご存じではありませんか?」
「思い当たるデザインは三種類あります」
「そのデザインのブローチをこの素材で作ってくれませんか?」
ゴトリ、ゴトリと重たい音を響かせながら四種類の鉱石が並べられました。いえ、これは魔石?魔法の使えないわたくしに加工できるとは思えません。けれど、もしかしたらネブラ鉱石ならば彫り出す形で加工できるかしら?
「わたくしの技量ではこちらの鉱石に僅かな可能性がある程度です。製錬されていない金属や鉱石は扱った事がございませんの」
「挑戦してくれませんか?僕も友人の恋心を応援したい。……この仕事を引き受けて下されば、お代は隣国での貴族身分を用意します」
コトリと置かれた物にギョッとしました。隣国の王家の紋章が入った指輪です。隣でオリビアが息をのんでいます。この兄妹は隣国の生まれですからわたくし以上の驚きでしょう。
「これは一体どうしたのです?」
震える声でゾランが問いかけました。ゾランの顔を見たレオ様がハッとした様に目を見開きました。
「僕らは去年の初夏から先月まで隣の国を旅していたんだ。これは第二王子から授業料として貰った物だよ。もしかしてゾランさん達ってプロースルに親戚が居たりする?」
レオ様が語るここまでの旅は、俄には信じられないものでした。ですが、隣で頷くダリオ様の表情から真実だと信じざるを得ません。わたくしはこの不思議で善良な大盗賊の末裔を信じる事に致しました。
依頼を引き受けて制作している間にレオ様は隣国の第二王子を説き伏せて、わたくしに女男爵の身分を作ってきてくださいました。条件として、ダリオ様がわたくしに婿入して第二王子の臣下となる事を求められたそうです。
本日から最終話までは毎日更新します。 次話1/30(金)です。




