第9話「第二の教え ― “お金の流れ”を読め」
スライム牧場ができ始め、アレンは胸を高鳴らせながらギルドに入った。腕にはスライム素材の袋、背中には淡い期待。
「リリア! 見てくれ、初の……」
受付カウンターの向こうで、リリアが険しい顔をしていた。
「アレン……今日のスライムの買い取り、値段下がってるわよ」
「え?」
差し出された帳簿を覗くと、確かに数字がいつもより低い。
アレンは思わず叫んだ。
「なんでだ!? 俺、ちゃんと育てたのに!」
「王都で“スライム素材の大量投げ売り”が起きてるらしいの。量が増えすぎて、相場が落ちてるのよ」
アレンは呆然とした。
(せっかく管理も慣れて、品質も安定してきたのに……!)
すると背後から、杖をついたバルドルがゆっくり近づいてきた。
「第二の教えじゃ、アレン。“お金の流れを読め”。市場を知らずに素材を持ち込むのは、嵐の中へ舟を出すようなものよ」
「……俺、嵐の中へ……舟?」
「そうじゃ」
アレンは頭を抱えた。
◆
ほどなくして、噂の“投げ売りの犯人”が誰かも浮上した。
「ドランが大量にスライム素材を納めたらしいわよ」とリリアが言った。
アレンはそのままギルド裏の訓練場へ向かった。
「ドラン!」
振り返ったドランが、にやりと凶悪な笑みを浮かべる。
「ああ? 貧乏勇者が何の用だよ」
「なんであんなに大量に素材を……!」
「テメェに説明する義務はねぇよ。オレ様の縄張りにスライムが増えすぎただけだ」
アレンは言葉を失った。だがバルドルは肩をすくめる。
「増えすぎたら値段が落ちる。落ちたらさらに狩らねば赤字。だが狩ればもっと供給が増えてさらに値が落ちる……」
「……悪循環だ!」
「そうじゃ。市場の流れを読めぬ者は、自らの稼ぎ場を壊す」
ドランは聞き捨てならぬとばかりにバルドルをにらんだ。
「うるせぇジジイ! 売り方はオレの勝手だろ!」
虚勢を張る声が震えていたのを、アレンは見逃さなかった。
◆
翌日。アレンはバルドルに連れられ“市場調査”なる冒険に出た。
商人街。薬師通り。鍛冶工房。農家。
様々な人から話を聞くたび、アレンの表情は変わっていく。
「最近のスライム素材? 安いけど質が悪くてねぇ」と薬師。
「低品質品が多すぎて、加工効率が落ちてるんだよ」と錬金術ギルド。
「むしろ上質なスライムコアが不足してる」と老魔導士。
アレンは息を呑んだ。
(需要があるのは……安物じゃない!
“ちゃんと魔力が整った、良いスライム素材”だ!)
自分の牧場のスライムは、餌も運動もきっちり管理している。自然と魔力密度が高い。
(だったら……俺の素材は“強み”になるじゃないか!)
◆
「用途を考えよ」とバルドルは告げた。
アレンは考えに考え、錬金術街の奥にある古びた店へ入った。
「失礼しま──」
カウンター奥にいた老人が、アレンの持つスライム粘液を一目で凝視した。
「おい……その粘液、触ってもいいか?」
「は、はい!」
老人は慎重に粘液をすくい、指で弾く。
ぷるん、と静かに光った。
「……密度が段違いだ。こんな素材、いつ以来だろうな」
そして──
「ギルドの買い取り額の三倍で買おう」
「さ、三倍!?」
「品質が良ければ高くて当然だ。安く買って安く売るだけが商売じゃない」
アレンは震えた。
(俺は……ただ“売り方”を知らなかっただけなんだ……!)
◆
ギルドに戻ると、リリアが駆け寄る。
「アレン! さっきの錬金術師から大量注文が入ったわよ!」
「た、大量!?」
「高品質の粘液と、魔力の濃いスライムコア。それに鍛冶用の研磨粒まで全部まとめて、定期契約したいって!」
アレンの脳がぐるぐるし始める。
(これが……市場を読んだ結果……!
俺のスライムが、価値を生んだ……!)
「よくやったな、アレン」
バルドルが静かに微笑む。
「おまえは今……“お金に働かせる勇者”への第一歩を踏み出したのじゃ」
アレンは胸を熱くした。
◆
しかし──その光景を、ギルド隅の影で誰かが見ていた。
ドランである。
ぎり、と奥歯が軋む。
「……チッ。調子に乗りやがって」
その目はまるで、狩り場を奪われた獣のようだった。
アレンはまだ気づいていない。
ここから先、スライム市場を巡る
“冒険者 vs 勇者(自称)”の経済バトル
が始まることを──。




