第8話「スライム牧場、最初の壁 ― 人材と時間の不足」
「よし……今日もやるぞ!」
朝日が昇るより早く、アレンはスライム牧場予定地に立っていた。端材で組んだ柵はまだ歪んでいるが、小屋の骨組みは見える。自分の手で作ったと思うだけで胸が熱くなる。
「俺の夢が……本当に形になってきた!」
アレンは槌を握りしめ、釘を打ち込む。
だが──
「ぷるんっ!」
足元から飛びついてきたスライムに顔を挟まれた。
「ぎゃああ!? 待て、今は作業中だって!」
嬉しそうにぷるぷる震えるスライムは、完全に構ってほしがっている。
さらに──
「ぷるるるるるっ!」
別のスライムが柵の上を跳ね、アレンの頭に乗った。
「おまえら……昨日より増えてないか?」
リリアの言っていた“健康なスライムはよく増える”という言葉を思い出す。確かに増えて嬉しい。しかし──
「餌やり、温度調整、運動、清掃訓練……うわっ、やること多すぎじゃね!?」
さらに、建設、素材選別、そしてドランの武器修理素材のチェックまである。
休む暇がない。
◆
昼頃、バルドルが杖をついて様子を見に来た。
「ほう、ずいぶん賑やかだな」
「増えて……増えすぎて……!」
アレンの肩にはスライムが三匹乗り、腰には一匹が巻き付いている。
「資産は増えるほど管理が難しくなるものだ」
「いや、スライムは資産ですよ!? なのに負債扱いになるんですか!?」
「管理できぬ資産は、ただの負債じゃ」
アレンは膝から崩れ落ちた。
「そんなぁ……!」
◆
夕方。アレンは目の下にクマを作りながら、柵を直していた。
「うおっふ……眠……」
その瞬間──。
「ちょっとアンタ!」
リリアが怒鳴りながらやってきた。
「昨日も徹夜でしょ! 今日も!? バカなの!?」
「で、でも……俺が働かないと……」
「働かないと? その顔で言えることじゃないわよ!」
額に指を突きつけられ、アレンは何も言えなかった。
「倒れたら誰がスライムを世話するのよ!? 誰が牧場を守るの!? アンタの代わりなんていないんだから!」
「……リリア……」
叱られているのに胸があたたかい。だが彼女の言葉は正しい。
だからこそ逃げ場がなかった。
◆
その夜、バルドルが鍋を前に語りかけてきた。
「アレン。覚えろ」
「……はい」
「“自分の時間”を削る者は、いつまで経っても貧乏から抜けられん」
アレンは呼吸を止めた。
「……!」
「資産を作る者は、“自分が働く時間”ではなく
“資産が働く時間”を増やすのだ」
「俺……逆のことしてた……!」
「そうだ。おまえは今、“労働の地獄”へまっしぐらじゃ」
アレンは頭を抱えた。
◆
翌朝。
スライムの世話をしながら、アレンはつぶやいた。
「一人じゃ……無理なんだ……」
そのときだ。
「兄ちゃん、それスライム? すげー! 触っていい!?」
「かわいい! 跳ねた! 早い!」
「うちの納屋掃除させたい!」
近所の子供たちが駆け寄っていた。スライムに目を輝かせている。
(もしかして……)
アレンはごくりと唾を飲み、声をかけた。
「なあ、スライムの世話……手伝ってくれたらさ。
好きな時に掃除スライム、貸してやるぞ!」
「マジ!?」
「やるやる!!」
「毎日来る!!」
歓声が上がり、子供たちは一斉に牧場に入り込んだ。
「じゃあ餌はこれ。湿度はここ。スライムは優しく扱うんだぞ!」
「任せろー!」
子供たちが遊びながらスライムの世話を始め、スライムたちも嬉しそうにぷるぷる跳ねた。
アレンの肩から、一気に負担が消えた。
「これが……外注……!」
バルドルが遠くで腕を組みながらうなずく。
「そうだ。人は金だけで動くのではない。
“価値の交換”で動くのだ」
アレンは目を見開いた。
(俺は……また一つ学んだ……!)
◆
「よし……これで品質向上に集中できる!」
アレンは充電された体で小屋作りを再開した。
すると背後から、バルドルの低い声。
「さて、これでようやく……第二の教えに進めるな」
「だ、第二の教え!?」
バルドルは意味深に笑った。
「次は……“お金の流れを読め”だ」
アレンの背筋が震える。
スライム牧場は、ここから本当の成長ステージへと踏み出していくのだった。




