第7話 『初めての売上』
「よし……今日こそ仕上げだ!」
アレンはスライム小屋の前で拳を握りしめた。
最初の一匹──あの“瀕死寸前だったスライム”は、今では元気にぷるぷる跳ね回っている。
そして今日ついに、そのスライムが商品になる日が来た。
「ほら、今日は掃除訓練ね。角の埃、ちゃんと取るのよ!」
リリアが箒を片手に指示すると、スライムは嬉しそうに「ぷるん!」と鳴いた。
そして壁に飛びつき、吸盤のように張り付きながら、するすると汚れを落としていく。
「すごい……! 本当に“掃除特化スライム”ができたんだ!」
「まあ……アタシの訓練の賜物ね」
リリアは鼻を鳴らしたが、頬はほんのり赤い。
数日前まで資産扱いすらできていなかったアレンが、今はスライムの生態、餌、適切な温度や湿度まで把握している。
(これが……育てるってことなのか)
「さあアレン、商人ギルドに持っていきましょ。初めての査定よ」
「お、おう……!」
緊張で手が震える。
スライムが商品として売れるのか、値段はいくらなのか……未知の世界だ。
◆
商人ギルドは、冒険者ギルドとは違う緊張感が漂っていた。
計画書を抱えた商人たち、金勘定に厳しい受付員……。
「アレン・フォード? 新人か?」
査定窓口に座っていたのは、細い目をした初老の男。
名札には“査定員・ゴードン”とある。
「は、はい! スライムを訓練して……掃除ができる個体です!」
「掃除スライムねぇ……新人がよく持ち込むやつだ。大抵は質が悪い」
ゴードンは露骨にため息をついた。
(うっ……初見で舐められてる)
アレンの喉が渇く。
するとリリアが一歩前へ出た。
「まあ、いいから査定してもらいましょ。文句があるなら結果を見てからにしてね」
ゴードンは眉をひそめつつ、スライムを見下ろした。
「ほう……見た目は悪くない。色艶もいい。吸着力は……」
壁に張り付かせる。
スライムは安定した動きで、するすると壁の汚れを落とした。
「ほう……悪くない。だがこれくらいなら──」
「まだ終わりじゃないぞ!」
アレンは胸を張って叫んだ。
「スライム! 角掃除だ!」
「ぷるっ!」
スライムは一瞬で柱の裏側へ滑り込み、埃を絡め取って戻ってくる。
ゴードンの目が見開かれた。
「……これは……訓練された動きだ。こんな精度は普通出ないぞ」
次に、机の裏のゴミ、床の細かい砂粒、窓枠の汚れまで確認される。
すべて完璧。
査定員の顔色が変わった。
「ま、待て……! この吸着力、動き、判断……まさかここまでとは……!」
ゴードンは震える手で書類を広げた。
「これほどの品質は……中級商家でも欲しがるレベルだ。値段は……」
アレンの心臓が跳ねる。
(いくらなんだ……売れるのか……!?)
「……金貨三枚だ」
「き、金貨三枚!?」
アレンの叫びがギルド中に響いた。
リリアも目を丸くし、口をぱくぱくさせる。
「そ、そんなに……!?」
「新人のスライムでこの品質は異例だ。大量に作れるなら、正式ルートに乗せてもよい」
ゴードンの視線が、アレンを初めて“商人として”見た。
「アレン・フォード。お前はスライム調教師として一流の素質がある。続けなさい」
「……っ……!」
胸が熱くなった。
毎日働いても赤字で、誰にも認められなかった。
笑われ、馬鹿にされ、怪我ばかりして。
でも今──
「……売れた……本当に、売れたんだ……!」
アレンは拳を握りしめ、涙をこぼした。
◆
外に出ると、夕日が街を染めていた。
バルドルがいつの間にか門の前で待っていた。
「どうだった?」
アレンは金貨三枚を見せた。
「バルドル! 俺、売れた! 本当に……“金が働いた”んだ!」
バルドルは静かに頷いた。
「忘れるな、アレン。
いま得た金は、おまえの労働の結果ではない」
「え?」
「これは、“育てた資産”が働いてくれた金だ。
その瞬間を覚えておけ。
多くの者は一生、ここに辿りつけん」
アレンの胸が熱くなる。
スライム牧場が、人生を変えるかもしれない。
「アレン」
リリアが横で肩を軽く叩いた。
「……よくやったじゃない」
顔はそっぽを向いているが、耳が真っ赤だ。
「リリア……!」
「でも調子に乗らないでよ。次のスライムも同じ品質に育てなきゃ意味ないんだから」
「うん! もちろんだ!」
◆
アレンは金貨を握りしめ、夜空を見上げた。
(これが……俺の“最初の収入源”……)
その小さな一歩が、未来への道を確かに開いた。
スライム牧場は、ここから本格的に始まる。




