第6話 『資産は赤ちゃんのように扱え』
その日の午後。
アレンは材木屋からもらった端材を抱えて、森の外れへ戻ってきた。
「ここが……俺の初めての“スライム牧場”になる場所……!」
胸が熱くなる。
雑用まみれの生活に終わりを告げる、これは最初の一歩だ。
「おーい、手伝いに来たわよ!」
振り返ると、リリアが工具と縄を抱えて駆けてきた。
「なんで来たんだ?」
「アンタだけじゃ絶対まともな小屋にならないからに決まってるでしょ」
ぐうの音も出なかった。
◆
二人は端材を組み合わせ、ぎこちないながらも小さな小屋を作り始めた。
バルドルは少し離れた岩に腰掛け、腕を組んで見守っている。
「釘が曲がってるわよアレン! もっと角度を……!」
「わ、わかってる! これでも全力で──」
コンッ!
「あっ……手打った!」
「だから言ったでしょうが!!」
リリアの容赦ない叱りに、バルドルは喉を鳴らして笑った。
「なんだ、良き協力者がいるではないか。羨ましい限りじゃ」
「な、何が羨ましいんだよ!」
「いや、青春じゃな。ふむ」
「違うってば!!」
リリアは真っ赤になって工具を落としかけた。
◆
夕方、ようやくスライム小屋が完成した。
「よし……! あとはスライムを捕まえるだけだ!」
アレンは意気揚々と森に入り、ひょいっと一体のスライムを捕まえた。
「やった! 初めての“資産”だ!」
小屋に放り込み、満足げに腕を組む。
「これで、明日にはスライムゼリーがどっさり……!!」
その瞬間──
「アレン、あんた……餌は?」
「餌?」
リリアの言葉の意味がすぐには理解できなかった。
「スライムは何もしなくても生きるって……」
「そんなわけあるかーーー!!」
リリアの叫びが森に響く。
「それに温度管理もしてないじゃない! 湿度も! 寝床も固い木の板だけって、アンタこれ……牢屋?」
「ろ、牢屋!?」
「当たり前でしょ! これじゃ弱るに決まってるわ!!」
慌ててスライムを見ると、さっきより色が薄くなり、プルプルも弱々しい。
「お、おい……大丈夫か……!」
アレンの顔から血の気が引いた。
◆
そのとき、バルドルが近づき、杖で軽く地面を叩いた。
「アレン。第一級のミスだ」
「……はい」
「資産は“買って終わり”ではない。持った瞬間から管理が始まるのだ」
老人の声は静かだが、雷のように重かった。
「資産とは赤ちゃんと同じだ。
世話をすれば育つが、放置すれば死ぬ。
おまえは生まれたばかりの資産を、牢屋に放り込んだだけだ」
「す、すみません……」
アレンはスライムを抱きかかえ、必死で体を温めた。
「リリア! 餌って……何を食べるんだ!?」
「簡単な甘草よ! たまたま持ってるからあげる!」
「ありがとう!!」
アレンは餌を与え、小屋の床に落ち葉を敷き、隙間風を塞ぎ、夜通し世話を続けた。
スライムはゆっくりと色を取り戻し、翌朝には元のぷるんとした形に戻っていた。
「よかった……ほんとによかった……!」
アレンは涙が出そうになった。
◆
「ふむ、どうやら死なずに済んだようじゃな」
バルドルが近づき、満足げにうなずく。
「アレン、おまえはまだ理解していないかもしれんが──」
「なんだ?」
「今、スライムはおまえに“信頼”したのだ」
「信頼……?」
「生き物も、資産も、商売も同じだ。
信頼を得るまでは一歩も成長せぬ。
だが信頼が得られれば──想像もつかん利益を返してくれる」
「利益……」
アレンはスライムのぷるんとした体を見つめた。
昨日はただの“金になる存在”だった。
だが今は違う。
(こいつ……俺に命を預けてるんだ)
胸の奥がじんわりと温かくなる。
◆
リリアが腕を組みながら微笑んだ。
「ほら、ちゃんと育てれば資産は増えるの。
あんたも少しは学んだみたいね」
「うん! 俺……もっとちゃんと世話するよ!
温度、湿度、餌、寝床……全部見直して!
毎日観察して、もっと居心地よくしてやるんだ!」
アレンは拳を握り、スライムを守るように胸を張る。
「スライム牧場、必ず成功させる!
この子たちと一緒に!」
バルドルはにやりと笑った。
「良い目じゃ、アレン。
貧乏勇者から“育てる勇者”へ変わる時が来たようだな」
朝日が差し込み、小さな小屋が黄金色に輝く。
アレンのスライム牧場は、まだ始まったばかり。
だがその最初の一匹が、確かな未来を示していた。




