第5話 『最初の壁は、人間だ』
翌朝。
アレンはリリアからもらったメモを握りしめ、王都の外れにある材木屋へ向かっていた。
「端材をタダで譲ってくれるなんて……ありがてえ……!」
スライム牧場を作る材料は最低限でいいとはいえ、金のないアレンにとっては一歩前進だった。
「よし、まずは木材調達から──」
そう呟いた瞬間だった。
「おい、どこ行くんだ? “貧乏勇者”さんよぉ?」
背中に、最悪な声が降ってきた。
アレンが振り返ると、そこには冒険者ドランが立っていた。
■ ドラン
中堅冒険者。暴力・嫌がらせ・弱い者いじめが大好き。
ギルドでの評判は最悪だが、腕っぷしはそこそこ強く、面倒なので誰も関わりたがらないタイプ。
「……用事がある。どけよ」
「はぁ? 下級のおまえが、こんな昼間っからギルドでもねぇほうへ何の用だよ」
ドランは意地の悪い笑みを浮かべ、アレンの肩を押す。
「聞いたぞ? おまえ、スライム牧場? ぷっ、笑わせんな」
「……なんで知ってる」
「受付のリリアがバルドルと話してたのを聞いたんだよ。俺の耳は良くてなぁ?」
アレンは拳を握る。
(最悪だ……こいつに知られるなんて……!)
ドランは鼻で笑い、アレンの前に回り込んだ。
「おい。スライム牧場を作る場所って……俺の狩場と被ってるんだよ」
「狩場……?」
「あぁ、“俺の縄張り”だ。あそこは、俺が小遣い稼ぎにスライムを狩る場所なんだよ」
「いや、スライムなんてどこでもいるだろ!」
「うるせぇ。俺のって言ったら俺のなんだよ」
言葉は完全に理不尽だった。
だが、ドランのような冒険者はこの世界には多い。
弱い者の領域を奪い、力だけで支配する──そんな連中だ。
「どけよ。お前なんかに許可取る必要は──」
「やめておけ」
アレンの背後から、バルドルの声がした。
「バルドル爺ちゃん……」
バルドルはゆっくりと杖をつきながら前に出る。
「若造、ビジネスの第一歩は“敵を作らないこと”だ」
「でも、こいつが……!」
「人の縄張りに入り込むのなら、まず“交渉”だ。
力ずくで押し通しても、後で必ず損をするぞ」
ドランが鼻で笑った。
「交渉? ガキのくせに笑わせんな。なんの価値があるってんだ?」
「価値はあるぞ」
バルドルは指先でアレンを指した。
「こやつは素材の“見極め”ができる。ギルドで一番だ」
「はぁ? こんな雑魚が?」
アレンは無意識に背筋を伸ばす。
「おまえ……装備の修理費、高すぎると言っていたな」
アレンは言葉を飲み込んだ。
確かにドランは、武器の扱いが荒いせいで修理費が毎回かさんでいると噂だった。
「アレンは、素材を正しく選べば修理費を半分にできるぞ」
「半分……だと?」
ドランの目がわずかに揺れた。
「武器修理の素材の品質を間違えるから、余計に費用がかかるのだ。
こやつの“見極め”はその問題を解決できる」
「ほんとか?」
「俺は……できます……!」
アレンが胸を張った。
(やってやる……! 俺にできる“価値”なら……!)
ドランは腕を組み、しばらく黙った後──
「……じゃあこうしよう。
スライム牧場の場所、好きに使っていい。
代わりに、俺の武器修理に使う素材を全部“選別”しろ」
「本気か!?」
「おまえの仕事ぶりを見て、判断してやるよ。
雑魚でも役に立つなら使ってやる」
アレンはバルドルのほうを見る。
賢者は満足げにうなずいた。
「これが“交渉”だ、アレン。
相手の利益を作り、それを対価に自分の利益を得る」
「力で倒すのが一番じゃ……ないんだな」
「それは最も“コスト”が高い戦い方だ。
ビジネスというのは、低コストで最大の利益を得るためにある」
アレンは目を見開いた。
(今まで……力でねじ伏せるしか考えてなかった……)
ドランは舌打ちしながらも手を差し出した。
「まあ……うまくやれたら、考えてやるよ。
頼むぞ、“素材オタクの貧乏勇者”さんよ」
「そ、素材オタク!? いや、それは……」
「いいではないか」
バルドルが肩をすくめる。
「おまえの強みが、また一つ見えたな」
アレンは思わず笑った。
「……へへ。悪くないかも」
◆
こうしてアレンは、ドランとの“交渉”に成功した。
そしてその日の午後、彼は材木屋で無事に端材を手に入れた。
帰り道、バルドルがつぶやく。
「覚えておけ、アレン。
ビジネスの最初の敵は“モンスター”ではない──」
「……人間、か」
「そうだ。既得権益、嫉妬、縄張り、無知。
それらを超えていく者だけが仕組みを作れるのだ」
アレンの胸に、力強い火が灯った。
「だったら俺は……全部越えてやる。
スライム牧場を絶対に成功させてやる!」
王都の空は晴れ渡り、
若き“貧乏勇者”の新しい挑戦がまた一つ始まった。




