第4話 『自分のビジネスを持て』
翌朝。
アレンは、昨日教えられた“資産と負債”の二つの丸が頭から離れず、ベッドの上で転がり続けていた。
「資産は勝手に金を生む……
負債は金を奪う……
俺の装備は全部負債……
ギルド依頼も負債……
人生が負債……!」
「落ち着け、若造。朝からうるさいわい」
勝手に窓から入ってきたバルドルが、パンをかじりながら言った。
「なんで俺の部屋にいるんだよ!?」
「弟子の監視も師匠の務めだ。ほれ、行くぞ」
アレンが文句を言う暇もなく、バルドルは杖で床をつついて外へと促す。
◆
二人が向かったのは、王都外れの古い交易路だった。
人通りは少ないが、周囲には低い草原が広がり、小さな魔物がちらほら顔を出す。
「ここで何するんだ?」
「お前に“最初の資産作り”を教える」
バルドルは草原にしゃがみ込み、赤い果実のようなものを摘み上げた。
「これは“スラピの実”。小型スライムの好物だ」
「スライムかよ……俺、スライム狩りは得意だけど……金にはならないぞ?」
「だから狩るなと言っておる」
「……え? じゃあ、どうすんだよ?」
バルドルはにやりと笑った。
「育てて売るのだ」
「……育てる!?」
アレンは耳を疑った。
スライムは弱くて価値がなく、冒険者の初歩訓練に使われるだけの存在だ。
そんなものを“育てる”など、誰も考えたことがない。
「だってスライムなんて売れないだろ……?」
「無知め」
バルドルは杖の先で地面を叩いた。
「スライムは家畜として使える。
荷物の緩衝材、掃除、汚水の処理……用法はいくらでもある。
だが、質のいいスライムは市場で高値になるのを知らんのか?」
「……初耳だ……!」
バルドルは続けた。
「それに“訓練済みの小型スライム”は、商人ギルドが高く買う。
飼育の手間が省けるからな」
アレンの目がみるみる輝いていく。
「じゃあ……俺、スライムを買いたたく側じゃなくて……売る側になれるのか……?」
「そういうことだ。
お前が狩るのは、素材ではない。
“仕組み”を作るための最初の材料だ」
◆
バルドルは、草原に簡易の図を描いた。
『小型魔物牧場(スラピ小屋)』
・材料:木材少し、ロープ数本、餌となる果実
・必要人員:アレン1人
・維持費:ほぼゼロ
・売れる商品:訓練済みスライム(高値)
「これが、お前の最初の“ビジネス”だ」
「ビ、ビジネス……」
アレンは喉が渇くほど興奮していた。
「でも……待てよ。
小屋作るにも材料がいるし、餌も大量に必要だし……」
「そうだな」
「俺……お金ないぞ……?」
「知っとるわい!」
バルドルが杖でアレンの頭を小突いた。
「資産作りには“最初の投資”が必要になる。
だが、金がないなら──方法を変えればいい」
「方法を……?」
「そうだ。金がない者は、知恵で払うのだ」
バルドルは指を鳴らした。
すると近くの木の陰から、ある人物が現れた。
「やっほ、今日も赤字のアレン」
「リリア!? なんでここに!?」
「賢者様に呼ばれてね。
あんたの“お金の冒険”に協力してほしいってさ」
「協力……って?」
リリアはギルド帳簿をバサッと広げた。
「あなた、王都の冒険者の中で“素材仕分けの精度”が一番高いのよ。
これ、昨日のギルド会議で話題になったから」
「え……俺が……?」
「問題は、本人がそれに気づいてないこと」
バルドルが顎髭をさすりながら言った。
「お前の強みは“素材の見極め”。
品質と鮮度を判断する目は、訓練すれば店主並だ」
アレンは思わず拳を握る。
「……俺、そんな才能あったのか」
「才能など、探せばいくらでもある。
問題は“金になる形に変えていない”だけだ」
リリアがメモを取りながら口を挟む。
「で、アレン。
材料の木材なんだけど……私の親戚が材木屋でね。
余り物の端材なら、ただで譲ってもらえるよ」
「ま、マジで!?」
「その代わり、スライム牧場が軌道に乗ったら……
ギルドに優先出荷してよ?」
「もちろんだ!」
アレンの顔がぱあっと明るくなった。
◆
バルドルは満足げにうなずいた。
「これが“自分のビジネスを持つ”ということだ。
誰かの仕組みに働かされるのではなく──
自分の仕組みに他人と金を働かせる」
「仕組み……俺が作る……!」
「そうだ。明日から牧場作りを始めるぞ」
「よっしゃああああ!
貧乏生活から抜け出してやる!!」
興奮で叫ぶアレンを見て、リリアが苦笑する。
「ほんと単純なんだから……」
「単純でいいのだ」
バルドルは空を見上げた。
「行動する者にだけ、富は近づいてくる。
──若造、ここからが本番だぞ」
アレンは深くうなずいた。
「もう戻らない。
俺は……俺の“資産”を作るんだ!」
こうして、貧乏勇者アレンの“最初のビジネス”が動き始めた。




