第3話 『資産と負債の違い』
アレンは朝からずっと混乱していた。
“金持ちはお金のために働かない”という昨日の教えが、脳みそのど真ん中でくるくる回っている。
「仕組み…学ぶ…金の流れ…。
くそっ、考えるだけで頭痛ぇ……」
ぼやくアレンの横を、バルドルは涼しげな顔で歩いていた。
「安心せい。今日はもっと頭が痛くなるぞ」
「やめてくれ!」
「はっはっは」
バルドルは笑いながら、街の外れに向かって歩いていく。
「さて。今日は“資産と負債”を教える」
「しさん……ふさい……?」
「予習してなくても問題ない。そもそもお前は予習などしたことがないだろう?」
「ぐうの音も出ない!」
◆
しばらく歩くと、立派な石畳の道に出た。
王都レギオンでも屈指の高級住宅街──“白金区”である。
その中心に、やたら派手な屋敷がそびえていた。
巨大な門。
金の装飾。
庭には意味不明な噴水が三つ。
「ここは、エリート騎士ローガンの家だ」
「ローガン!? 王国最強クラスの……?」
「ああ。給料も高いし地位もある。だが──」
バルドルは門の隙間から屋敷の奥を指さした。
そこではローガンが執事に怒鳴っていた。
「なんでまた税金が上がってる!?
馬小屋の維持費も払えんぞ!
新しい甲冑のローンも残ってるんだぞ!」
アレンはぽかんとした。
「あいつ……めちゃくちゃ金持ちじゃなかったっけ……?」
「金持ち“に見える”だけだ。
実態は、金が出ていく“負債まみれ”だ」
「ふ、負債……?」
バルドルは手を上げ、指を一本ずつ折って見せた。
「この屋敷──毎月の維持費がデカい。
庭師、執事、メイド……雇っている者も多い。
馬も数頭飼っているし、鎧も最新式だ」
「でも……いい生活してるってことじゃ?」
「いい生活が“資産”とは限らん。
見栄のために金が出ていくなら、それは負債だ」
アレンの顔に浮かぶ “???” は消える様子がない。
「わかったような……わかってないような……」
「いい、次を見るとさらに分かりやすい」
◆
バルドルは白金区を抜け、今度は庶民街へ向かった。
狭い路地、古びた木造建物。
そこに一軒、小さな酒場があった。
看板には『ミーナの酒場』とある。
中の窓からは、朝だというのに客の笑い声が聞こえてくる。
バルドルが戸を開けると、老婆ミーナが元気に声をあげた。
「おやっ、バルドルじゃないかい! 今日も飲んでくかい?」
「いや、今日はこいつを連れてきただけだ」
ミーナはアレンを見て、ニコッと笑う。
「はじめまして。ミーナおばあちゃんよ」
「ど、どうも……」
酒場は狭いが、どこか落ち着く空気があった。
客がミーナに銅貨を渡し、勝手に酒をついで飲んでいる。
それを見てアレンは首を傾げた。
「あれ……? ミーナさん、全然動いてなくない?」
「そうだ。儂の酒場は“勝手に稼いでくれる”」
ミーナが笑うと、バルドルが補足する。
「ミーナの店には常連が多くてな。
客が勝手に酒を注ぎ、勝手に金を置いていく。
店主はたまに話し相手になれば十分」
「すげぇ……!」
「そして店はアレン、お前の収入とは違い──
“働かずとも金が入る資産”なんだ」
アレンはぽかんと口を開けた。
「資産って……働かなくてもいいのか……?」
「正確には、資産が働いてくれるのだ。
店、家賃、畑、技術、知識、仕組み……
これらは全部、“金を生む者”」
バルドルはアレンの胸を指差す。
「逆に、お前の持っているのは何だ?」
「……ボロい剣と鎧……」
「それらは資産ではない。
修理代を奪う“負債”だ」
アレンは震えた。
昨日の痛み、赤字の帳簿、リリアの怒った顔が一気に蘇る。
「……俺……負債しかない……!」
「気づいたか。
資産と負債の違いが分からぬ者は、一生貧乏だ」
バルドルは歩き出し、アレンもそれに続いた。
◆
酒場を出てすぐ、バルドルは振り返った。
「アレン。今日の教えだ」
杖で地面に “二つの丸” を描く。
『資産』
『負債』
「資産とは、お前のポケットに金を入れるもの。
負債とは、金を奪うものだ。」
アレンはじっとその二つの丸を見つめた。
「……俺の人生、全部“負債側”にある……」
「そうだな」
「じゃあ……俺も資産を作れるのか?」
バルドルは満足そうに目を細めた。
「作れる。
だが、まず頭を変える必要がある。
──頭が変われば、行動が変わる」
「行動が変われば、人生が変わる……か」
「ようやく理解してきたな」
アレンは拳を握った。
「やるよ、バルドル。
負債生活なんて、もう嫌だ!」
バルドルは笑った。
「では明日から、“最初の資産作り”に入るぞ」
「最初の……!?」
「そうだ。まずは、小さくてもいい。
お前のポケットに金を入れる“仕組み”を作る」
アレンの心臓が高鳴った。
──貧乏勇者アレンの反撃が、ついに始まる。




