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貧乏勇者、金の賢者に出会う  作者: やしゅまる


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第2話 『金持ちはお金のために働かない』

夜が明ける前、王都レギオンの西門には、霧が薄くかかっていた。

 鳥の声もまばらで、まだ世界は眠りの中にある。


 その静寂の中、ひとりの青年が駆けてくる。


「はぁ……はぁ……間に合った……!」


 アレンだ。

 眠い目をこすりながらも、約束通り西門に現れた。


 門の外では、昨日の老人──バルドルが、石に腰かけていた。

 夜明け前の薄明かりの中、その姿はまるで神殿の像のように見える。


「来たか。意外と素直じゃな」


「あ、あんたが変なこと言うから……気になって寝られなかっただけだ」


 アレンはむすっとしながらも、隣に座った。


 バルドルは微笑み、いきなり問いかける。


「質問だ、若造。

 お前は“働いた分だけ”しか稼げぬ世界で、どうやって自由になるつもりだ?」


「は? そりゃ……働き続ければ、いつかは……」


「いつかは、なんだ?」


「えっ……その……」


 アレンの声が途切れた。


 “働けば報われる”

 そう信じていた。

 信じるしかなかった。


 しかし昨日、働いて怪我して赤字。

 今日もきっと同じだ。


 その現実が、アレンの胸を刺す。


 バルドルは石から立ち上がる。


「よし、歩くぞ」


「は? どこへ?」


「街だ。お前に“現実”を見せてやる」


 老人とは思えぬ軽い足取りで歩き出す。

 アレンは慌ててついていった。



 朝の市場通り。

 露店の準備が始まり、商人たちの声が飛び交う。


 バルドルは大通りの中央で立ち止まり、周囲を指差した。


「若造、お前には見えるか? この街の“金の流れ”が」


「いや、見えるわけないだろ……」


「だろうな。だから貧乏なのだ」


 バルドルは言葉を続ける。


「この商人たちは早朝から働いている。

 だが彼らが金持ちかと言えば、そうではない」


「いや、商人って儲かるもんじゃ──」


「それは“儲かる商人”だけだ。

 卵を売っても、パンを焼いても、

 労働の限界を超えることなどできぬ」


 バルドルは、人々が荷物を運び、棚を並べて慌ただしく動く様子を見せつける。


「働けば稼げる。

 だが、労働には必ず限界がある。

 お前の昨日の怪我がその象徴だ」


「う……」


 アレンは思わず目をそらした。


 まるで自分の人生そのものを突きつけられているようだった。



 次にバルドルは冒険者ギルドに向かった。

 ギルドは今日も依頼を求める冒険者で溢れている。


 その光景を見て、バルドルは静かに告げた。


「ここが“ラットレース”だ」


「ラット……何?」


「回し車だよ。

 走っても走っても、同じところをぐるぐる回るだけの運命」


 バルドルは依頼板を見て言う。


「安すぎる報酬。

 高すぎる修理費。

 ギルド依存の仕組み。

 努力すればするほど苦しくなる構造」


「…………」


「お前は昨日、死にかけながらも依頼をこなしたな?

 だが稼いだ金はほぼ修理に消えた」


「……ああ」


「それがラットレースだ。

 働けども金が貯まらぬ世界」


 アレンは拳を握りしめた。


「じゃあ……じゃあ、どうすればいいんだよ。

 働かないと生きていけないだろ!」


 叫ぶように言うと、バルドルはゆっくりと振り返った。


 その瞳は、どこまでも深く静かだった。


「“金持ちはお金のために働かない”」


「……昨日も言ってたやつか?」


「ああ。あれこそ真理だ」


 バルドルはアレンの胸を指で軽く叩いた。


「金持ちは、“自分自身の価値を高めるために働く”。

 “学ぶために働く”。

 “仕組みを作るために動く”。」


「し、仕組み……?」


「そう。

 お前が昨日受けたB級依頼も、ギルドの“仕組み”に乗せられただけ。

 働いた分、ギルドが儲かり、お前は赤字だ」


「……!」


「働いて金をもらうのは、最も脆い。

 怪我すれば収入はゼロ。

 強くなっても限界がある」


 言葉は容赦なかったが、不思議と胸に刺さる。


 バルドルは杖を地面にトンと突き立てた。


「若造。

 強さではなく、考え方を学べ。

 学びが人生を変える」


 アレンは息を呑む。


 そんなこと、考えたこともなかった。


「考え方を……学ぶ……?」


「そうだ。

 そして学ぶ意思のある者にだけ、金の真理は見える」


 バルドルはくるりと背を向けた。


「さて、若造。

 学ぶ気はあるか?」


 アレンは迷った。

 しかし昨日の痛み、赤字の帳簿、怒るリリアの顔──

 すべてが頭に浮かび、背中を押した。


「……ある。

 教えてくれ、バルドル」


 老人は初めて、少し満足げに微笑んだ。


「よかろう。

 では今日から、お前は“貧乏勇者アレン”ではない。

 ──金の賢者を目指す弟子となる」


 アレンはごくりと喉を鳴らした。


 こうして、彼の“人生の再教育”が始まったのだった。

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