第17話『レバレッジ三位一体(トリニティ)作戦』
黒い闘気が、夜の牧場を呑み込んだ。
ガレスの体から立ちのぼるそれは、触れた瞬間に命を焦がしそうな圧力を帯びていた。先ほどまでの戦いとは別物――“本気モード”。アレンもドランも、そしてスライムたちでさえ、息を呑む気配を見せる。
ガレスは静かに拳を握りしめた。その一動作で空気が軋む。
「……ここから先は、仕組み遊びで通用すると思うな」
次の瞬間、影が跳ねた。
アレンは辛うじて身をひねる。だが風圧だけで体が吹き飛び、地面を転がった。砂が舞い、胸と背中が焼けるように痛い。
「アレン!!」
リリアの悲鳴が聞こえる。だが返せない。息ができない。
(……強すぎる。これが……“本物の実力者”……)
スライム兵器の応用も、負債スライムの利用も通用しない。ガレスは、アレンが積み上げてきた“賢さの戦い方”を、一撃で踏み潰せる力を持っていた。
ガレスが歩み寄る。その一歩ごとに地面が震える。
「資産も負債も、悪くはない。だが――土台がなければ意味がない。基礎体力こそ、王だ」
アレンはそれでも立とうとした。しかし足が震え、膝が折れた。
(……負ける……? 僕は……)
その時。
「……アレン……」
かすれた声がした。傷だらけのドランが、血を流しながら立ち上がっていた。
「オレ……お前のやり方……好きじゃねぇけどよ……」
息が切れ、膝が震えている。
「“負債”の扱い……上手ぇよ……だから……オレも……使えよ……!」
アレンは目を見開く。
負債。
価値を奪うもの。
扱いが難しいもの。
コストがかかるもの。
――でもドランは違う。
この牧場で、彼は力仕事でも素材の仕分けでも、必要なところでは欠かせない存在だった。
(ドランさんは……“資産”だ)
アレンの胸に、小さな火が灯る。
アレンはふらつきながらも立ち上がった。
「ドランさん……ありがとう」
そして、ガレスへと向き直る。
「資産は……守る。
負債は……使い方次第で武器になる。
そして――仲間は“最大のレバレッジ”だ!!」
ガレスが拳を構えた。
「ならば、その理論ごと叩き潰すだけだ」
アレンはスライムたちへ叫んだ。
「みんな! ネットワークを作って!!」
ぼよん! ぼよん!
スライム達が地面に薄い粘液膜を広げ、触覚のように周囲を探る。わずかな振動でも位置情報が伝わる“感覚ネットワーク”が形成された。
アレンはそれを通じて、ガレスの動きを“読む”。
(体重移動……右! 次は跳躍だ!)
「ドランさん、右45度! 一撃に集中!!」
「言われなくてもやってやらぁ!」
ドランは大剣を構え、全身の力を一点に集めた。
ガレスが動く。
闇の閃光のような突進。
スライムネットワークがアレンへ情報を送る。
ほんの0.1秒のズレを、アレンは逃さない。
「スライム三体! 左から牽制!!」
ぼよん!
スライムが粘液弾を飛ばし、ガレスの足元を微かにずらす。
「ドランさん! 今!!」
0.2秒。
通常の戦闘では意味を成さない僅かな時間。
だがアレンの“組み合わせ戦術”では、決定打になる。
「どけえぇぇええ!!」
ドランが跳ぶ。
大剣に塗られた“衝撃膨張粘液”が光り始める。
ガレスが迎撃に拳を振り上げる――。
その拳の軌道を、スライムが滑らせた。
わずか数ミリ。
だがそれで充分だった。
「これが……僕たちのレバレッジだあああ!!」
ドランの斬撃が直撃した。
――爆ぜた。
粘液が膨張し、ガレスの内部魔力の流れを一瞬だけ乱す。
ガレスの闘気が霧散し、膝が地に落ちた。
「……見事だ。
お前たちの“仕組み”……合理的だ」
ガレスは敗北を認め、静かに目を閉じた。
ドランは息を切らしながらアレンを見る。
「オレ……役に立ったか?」
アレンは大きく頷き、笑った。
「もちろんです。
あなたは……僕の大切な“仲間資産”です!」
スライムたちも、誇らしげにぼよんぼよんと跳ねた。
夜の牧場に、静かな風が吹き抜ける。
こうしてアレンは初めて――
“人を資産に変える勇者”としての一歩を踏み出したのだった。




