第16話『資産は積み上げ、負債は潰す』
夜が落ち、薄闇が牧場を包む。
アレンはガレスの前に立ちながら、手足が震えるのを必死に止めていた。
対してガレスは静かだ。呼吸一つ乱れていない。
まるで“自分が勝つ”ことを疑っていない者の動きだった。
「……開始する」
その一言で――風が弾けた。
ガレスの拳が煙のように動き、地を砕く。
寸前で横に転がったアレンの頬を、風圧だけで切り裂いた。
「っ……速い!」
ドランが叫ぶ。
「アレン! 前に出んな! そいつの間合いは死角だらけだ!!」
しかしガレスは聞こえたかのように、ドランへ目を向けた。
「雑音は不要だ」
空気が一瞬、軋んだ。
ガレスが踏み込む、と思った瞬間――
足首にスライムが絡みついた。
「……またか」
無表情に小さく呟き、ガレスは魔力を纏う。
次の瞬間、スライムの一部が蒸発した。
リリアが悲鳴を上げる。
「アレン! スライムがやられていく!!」
アレンは唇を噛んだ。
(……勝てない。正面からじゃ絶対に。)
拳一撃で地面を割り、軽く手を払うだけでスライムを吹き飛ばす男。
戦闘力では話にならない。
それでも――逃げる気はなかった。
(僕には“仕組み”がある……!)
アレンは後退しながら、叫んだ。
「スライムたち、南側へ!!」
ぼよん! ぼよん!
牧場の奥へ、スライムたちが四散し始める。
ガレスは眉をひそめた。
「逃がすつもりか?」
「違う。あれは資産だ!」
アレンは拳を握りしめた。
「スライムは全部“資産”なんだ!
食べた草、吸収した魔力、体内に溜めた粘液……全部、価値がある!
――資産は守り、育てる。それが鉄則だ!」
ガレスの足元に残ったスライム数体が、なおも粘りついていた。
アレンはそこへ一歩踏み込む。
「でも……負債は違う!!」
ガレスが動いた。
拳が空を裂き、アレンの視界が白く飛ぶ。
頬を掠めただけで、地面に転がされた。
「アレン!!」
リリアが悲鳴を上げる。
ガレスが腕を振り上げる。
「終わりだ」
その腕が振り下ろされた瞬間――
ぼよん!!
足元が沈んだ。
アレンが仕掛けたのは、
“負債スライム”――牧場に来て間もない、暴走気質で扱いづらいスライムたち。
彼らは熟練スライムと違い、
「敵の魔力に過剰反応して吸着する」習性を持つ。
ガレスは一瞬、動きが止まった。
(この一瞬……!)
アレンは両腕を広げて叫ぶ。
「“負債”は早めに対処する!!
つまり――利用して処分する!!」
爆音。
スライムが弾けたのではない。
アレンがガレスの懐へ入り、
剣の柄にスライムの粘液を塗った状態で、
ガレスの足元へ叩きつけたのだ。
地面が爆ぜ、粘液が衝撃で膨張して拘束する。
ガレスが足を取られ、動きが鈍る。
「……これは……」
バルドルが目を細めた。
「“粘液衝撃膨張”……かつてワシの商会が戦争用に研究したスライム兵器じゃな。
それを応用するとは……やるのう、アレン」
アレンは息を荒げながら叫んだ。
「資産は守る!
負債は使い方を変えれば、力にも変わる!!
僕はもう……ただ働くだけじゃない!!」
拘束されたガレスが、初めてアレンを真正面から見た。
「……理解した。
お前の力は、資産の“運用”と“組み合わせ”……
つまり、レバレッジか」
アレンは頷いた。
「そうだ!
僕が弱くても、仕組みを使えば強くなれる!!」
ガレスの目が細くなり、静かに呟いた。
「ならば……その理屈ごと、叩き潰す」
魔力が爆発した。
拘束スライムが一気に蒸発し、
ガレスの体から黒い闘気が溢れ出す。
「まずい!!」
ドランが叫ぶ。
「ヤバい……本気モードだ!!」
ガレスの足が地を削り、
次の瞬間、アレンが見えない位置まで吹き飛ばされる。
「アレン!!!」
リリアの悲鳴。
アレンは地に転がりながら、必死に息を吸った。
(……ダメだ……これでも……勝てない……?)
ガレスがゆっくりと近づく。
「……資産も仕組みも悪くない。
だが――“根本の体力”がなければ意味がない」
アレンは震えながら立ち上がる。
その背後で、かすかな声がした。
「……アレン……」
ドランだった。
血を流しながら、必死に叫ぶ。
「オレ……お前の……やり方……好きじゃねぇけどよ……
“負債”の扱い……上手ぇよ……
なら……オレも……使えよ……!」
アレンは目を見開く。
負債。
価値を生まないもの。
扱いづらいもの。
コストがかかるもの。
(……でもドランは)
確かに雑で、短気で、借金まみれで……
でも。
(僕の牧場では……ドランさんは“資産”だよ)
アレンは笑った。
「ドランさん……ありがとう」
そして、アレンはガレスの方へ向き直った。
「資産は増やす。
負債は――仲間に変える!」
ガレスの拳が構えられた。
アレンは叫ぶ。
「ドランさん!! 来て!!」
ドランが踏み込む。
ガレスが拳を振り上げる。
アレンは剣を構え、
スライムたちは背後で波のようにうねる。
「これが……僕の“レバレッジ・バトル”だ!!」
夜の牧場に、激突の音が響いた。




