第14話 『ドランの成長と、忍び寄る影』
朝のスライム牧場に、今日もぬるぬるとした音が響いていた。
「よーし、スライムたちも元気だね!」
アレンがフェンスの点検をしながら声を弾ませると、リリアが帳簿を片手に小走りでやってきた。
「アレンッ!! これ見て!!」
「え、なに?」
帳簿には、見慣れない色の数字が並んでいた。
……黒字。
リリアが震える声で言う。
「アンタ、ほんとに黒字なの……? 冗談じゃなくて……?」
「えへへ……ドランさんが作業リスト通りに動いてくれたおかげで……!」
アレンは胸を張る。
昨日作った「作業リスト」は、ただのメモのように見えたが効果は絶大だった。
フェンスの破損はゼロ。
餌の減りも適正。
スライムの採集量は安定し、品質も均一。
リリアはぽかんと口を開いた。
「奇跡……いや、事件よこれ」
「そんなに!?」
「アンタにしては事件級よ!」
バルドルは顎髭を撫でながら、満足げに頷いた。
「ほれ見ろアレン。仕組みが人を支えるのじゃ」
アレンは胸のあたりが熱くなるのを感じた。
自分でも信じられないほど牧場が回り始めている。
――だが、そこで違和感に気づく。
「……あれ? ドランさん、遅いな」
いつもなら文句を言いながら出勤するはずのドランが、今日に限って姿を見せない。
リリアが腕を組む。
「アンタ、ちゃんと今日のシフト伝えてた?」
「もちろん! 昨日の夕方、本人に言いました!」
「……じゃあ寝坊か、逃げたか、どっちかね」
アレンは首を横に振る。
「ドランさんはそんな人じゃありません!」
「いや逃げるタイプよアレは」
「ぐぬぬ……!」
そのとき、バルドルがぽつりと呟いた。
「……“過去”が来おったかもしれんのう」
「過去?」
意味がわからず、アレンは眉をひそめた。
不安が胸に渦巻く。
――結局、ドランは現れなかった。
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心配になったアレンは町を駆け回った。
裏通り、酒場、路地裏……。
そして町はずれの小さな石橋の下。
聞こえてきたのは、不自然なつぶやき声。
「……なんでだよ……なんでこんな字すら読めねぇんだよ……」
アレンは目を丸くした。
「ドランさん!?」
ドランがビクッと振り向き、紙切れを隠す。
「お、おい! 勝手に覗くんじゃねぇ!」
「す、すみません……!」
だが隠した紙切れの端には、アレンの書いた「作業リスト」の文字が見えていた。
アレンはゆっくり尋ねた。
「……読めなかったんですか?」
ドランは舌打ちし、顔をそむけた。
「……悪いかよ。
俺はな……字がロクに読めねぇんだよ。計算だって苦手だ。
昨日、お前の作業リストも半分しか読めなかった。
……だから逃げた。」
最後の一言は、かすれていた。
アレンは胸が締めつけられる思いがした。
昨日のドランのぎこちない動き。
メモを見て止まる癖。
全て、そのせいだったのか。
「ドランさん……一緒に覚えましょう!」
「はぁ!? 何言ってんだテメェ!」
「だって僕たち、仲間ですから!」
ドランは目を見開いた。
「な、仲間!? おれと……?」
アレンはこくりと頷く。
「もちろんです!」
ドランは俯いた。耳が赤い。
「……バカか。お前はほんっと、馬鹿だな……」
それでも、その声はどこか嬉しげだった。
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アレンは即座に“仕組み”をつくった。
『ドラン専用! 図解スライム作業マニュアル』
・逃げスライム:絵で表現
・採集量:図形で表示
・フェンス点検:×と○だけで示す
・必要道具:イラスト化
ドランはそれを見るなり固まった。
「……わかりやす……」
「ふふ、頑張って描きました!」
リリアも横から覗き込み、眉を上げる。
「……悔しいけど、これは凄いわ」
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午後の牧場。
ドランはマニュアルを片手に慎重に作業していた。
スライムは逃げない。
破裂もしない。
採集量も均一。
リリアは驚いて呟く。
「……なんか今日のドラン、めっちゃ丁寧じゃない?」
ドランは鼻を鳴らした。
「教え方が悪くねぇと、こうなるんだよ」
アレンは笑顔で答えた。
「はい! 僕ももっと上手く教えられるように頑張ります!」
バルドルはその様子を静かに見ていた。
「よきかな……この二人は、互いに必要な存在になるじゃろう」
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その頃――黒牙商会の暗い会議室。
「アレンの牧場が順調……? 小僧が調子に乗りおって」
「ドランも捕まり……従業員だと?」
「ならばもう、手荒な真似が必要だな」
重い足音が響く。
黒いマントの大男が姿を現した。
“黒牙の処刑人” ガレス。
瞳は獣のように冷たい。
「対象はアレン……潰す」
ろうそくの炎が揺れ、影が長く伸びた。
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夕暮れ。
牧場で並んで作業するアレンとドランは、少し照れながら笑っていた。
「今日、ちゃんとできてましたよ!」
「調子乗んなよ……でも、まぁ……悪くねぇ」
その背後を、黒い影が静かに見つめていた。
処刑人ガレス。
「……明日、始末する」
風が冷たく吹き抜けた。




