第13話 『ドラン、初仕事 ― 労働者と雇い主の違い』
翌朝のスライム牧場は、晴れているのに空気が最悪だった。
「アンタねぇぇぇ!! なんで勝手に従業員なんて雇ってんのよ!!」
怒声とともにリリアが畑までずかずかと歩いてくる。
アレンは完全に縮こまっていた。
「い、いや、その……勢いで……?」
「勢いで人一人雇うバカがどこにいるのよ!? 資金は!? 計画は!? 給料は!? ねぇ!!」
そこへ、あくびをしながらドランが現れた。
「おー……おはよ。で、今日は何やりゃいいんだ?」
「ぐあああああアーーッ!! なんで当たり前みたいに出勤してんのよ!!」
リリアは爆発寸前。しかしバルドルがゆったりと制した。
「まぁ落ち着けリリア。
アレンよ、これは“試練”じゃ。従業員を雇うとは責任を背負うこと。
お主、覚悟はあるか?」
「……はい! たぶん!」
「たぶんって言うな!!」
朝の牧場に、スライムより湿った空気が漂った。
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気を取り直し、アレンはドランに仕事を説明した。
「まずはスライムの見張りと掃除をお願いします。逃げられやすいので、丁寧に──」
「チョロいチョロい。こんな雑魚相手、鼻歌で終わるわ。」
……数分後。
「ぎゃああッ!? おいコラピョンピョン逃げんな!!」
スライムが三匹同時に跳ねて逃げる。
「ドランさん雑すぎます!! 手ぇ荒いんですよ!!」
「うるせぇ!! こんくらい力づくでやりゃ──」
「スライムは優しく扱わないと破裂するんですってば!!」
ドランは必死に追いかけ回すが、スライムはぬるぬる滑って逃げまくる。
アレンがため息をつきながらサッと捕獲していく。
「……なんでだよ……なんでこんな地味なのにムズいんだよ……」
ドランが悔しそうに呟いた時だった。
「兄貴なら……こんなの余裕でやるんだろうな……」
その一言に、アレンの胸がぎゅっと痛んだ。
(……ドランさんも、ずっと誰かと比べられてきたんだ……)
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昼。リリアが帳簿をチェックした瞬間、悲鳴が上がった。
「アレン!! 給料、もう払ってるじゃない!!?」
「えっ!? あっ……昨日渡した銀貨3枚……あれ、前払いです……」
「バカァァァァァ!!」
リリアの怒号でスライムが震えた。
「給料は“仕事の後”よ!! アンタ雇用主なのにルールわかってる!?」
「ルール……?」
「ないの!? この牧場、ルールないの!? うそでしょ!!」
アレンは完全に涙目。
その横でドランが小声で呟く。
「……銀貨もらったけど、なんか、悪いな……」
そこへバルドルがため息混じりに歩み寄ってきた。
「さてアレン。第三の教え、そろそろ聞く時じゃな。」
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「よいかアレン。
従業員を雇うとは、“作業”ではなく“仕組み”を作ることなんじゃ。」
「仕組み……?」
「教える仕組み、任せる仕組み、報告する仕組み。
それがなければ……雇い主はただ搾取されるだけじゃ。」
アレンはハッとする。
(僕、ドランさんに、ただ丸投げしただけだ……)
隣でドランがぼそっと言う。
「まぁ……教え方、下手くそだったよな……お前。」
「ぐっ……!?」
図星だった。
バルドルは静かに続ける。
「アレン。“仕組み”を作れ。
ドラン。“作業”をやれ。
この区別こそ、雇い主と労働者の本質じゃ。」
その言葉が、二人の胸に静かに刺さった。
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アレンは即座に動いた。
メモ紙を取り出し、ドランに差し出す。
「これ……今日からの作業リストです!」
《スライム牧場・朝の作業手順》
1.逃げスライムのチェック
2.餌の補充
3.フェンスの点検
4.液体スライムの採集(量を決める)
5.破損箇所の報告
ドランは目を丸くする。
「……これ、おれでもできる……!」
「一つずつでいいんです。
僕も、一つずつ覚えてきたから。」
リリアも腕を組み、ふっと笑う。
「……意外とちゃんとしてるじゃない。
アンタにしては、やればできるじゃない。」
ドランは少し照れたように鼻を鳴らす。
「……なんだよ。アンタ……ちょっとカッコいいじゃねぇか。」
「えっ!? い、いやそんな……!」
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同じ頃、黒牙商会の隠れ家では重苦しい空気が漂っていた。
「アレンという小僧……潰せなかったか。」
「ならばいい。次は“刺客”を送るまでよ。」
ろうそくの炎がゆらりと揺れ、黒い影が動く。
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夕暮れの牧場。
片付けを終え、ドランがぽつりと口を開いた。
「……なぁアレン。」
「はい?」
「……今日、俺……ちゃんと仕事……できてたか?」
不器用な問い。
アレンは満面の笑みで答えた。
「はい! すごく助かりました!」
「っ……ちょ、調子乗るなよ!!」
耳まで赤くしてそっぽを向くドラン。
その様子を、少し離れた場所でバルドルが見守っていた。
「よきかなアレン。
“仕組み”を持つ者だけが、仲間を得られる。」
アレンは大きく頷いた。
「はい! 次は……もう少しちゃんとした雇用主になってみせます!」
夕陽の中で、スライムたちはぷるぷると揺れていた。




