◆ 第12話 『勇者と乱暴者 ― 盗みに来た理由』
夜のスライム牧場は、月光に照らされて銀色に輝いていた。
その静寂を破ったのは──
カランカランカラン!!!
「き、来た……本当に来た……っ!?」
アレンは喉を鳴らしながら、罠が発動した方向へ身構えた。
物音とともに草むらが揺れ、影がよろめき出る。
「ぐ、ぐおお……! な、なんだこの糸は……!?」
「ドラン、さん……?」
罠に引っかかったのは、あの粗暴な中堅冒険者だった。
足は蔦縛り罠で地面に固定され、腕には“心理罠”の監視灯が照りつけ、まるで罪人のように浮かび上がっている。
「アレン……テメェ……これはどういう……」
「ど、ドランさんこそ……なんで、盗みに……?」
問われたドランは、最初は目をそらし、乱暴に舌打ちした。
「違ぇよ。盗みに来たんじゃねぇ……その……様子を見にだな……」
「先に罠にかかってるのに……説得力ゼロですよ?」
「ぐぉぉぉッ!! 黙れ!!」
罠の中で暴れようとするが、縄罠と魔法墨の追跡結界が絡み合って、びくともしない。
「ふぬ……ぐ……ッ……! なんで動けねえんだよこれ!!」
バルドルが顎を撫でながら言う。
「それはの、ワシとアレンで作った“守りの仕組み”じゃ。力ずくでは破れぬ。」
「ちくしょうがぁッ!!」
ドランは暴れ疲れ、ついに崩れ落ちた。
アレンはゆっくりと一歩踏み出し、声を落として言った。
「……ドランさん。ほんとうの理由を……聞かせてください。」
沈黙。
そして、罠に捕まった男はついに折れた。
「……黒牙商会だよ。」
低い声。
「“アレン・フォードさえ潰せば、市場をまた取れる”ってな。
それに……『お前がアレンを潰したら、兄貴より評価される』……とか言われた。」
アレンは目を見開く。
「兄……?」
「……俺には……完璧な兄貴がいたんだよ。なんでもできる天才だ。
俺は、どんだけがんばっても……何一つ勝てなかった。」
ドランの声は怒りでも威嚇でもない。
ただの、疲れ切った本音だった。
「だから……証明したかったんだよ。
力があれば……兄貴より上に行けるって……
俺は……俺はそれしか価値がないって……
ずっと……そう思ってきた」
アレンは胸が痛くなる。
自分と似ていた。努力の方向が違っていたあの頃の自分と。
「……でも本当は、金に困ってただけなんだろ?」
ドランはギッと睨んだが──
「……修理費、払えなかった。
あれだけスライム倒してるのに……毎月赤字で……
ほんとは、生活が……限界で……」
最後は呟きのようにこぼれ落ちた。
アレンは静かに答える。
「ドランさん……計算、苦手なんですね。」
「うっ……!!」
見事に図星だったようだ。
怒る余力もないほど、肩が落ちる。
バルドルが口を開いた。
「人はな、“力”に価値を見出すと、永遠に奴隷となる。
お前はずっと……評価されるための力に縛られとった。」
ドランの拳が震える。
「じゃが、価値はひとつではない。
経験も、知識も、工夫も、責任も──
すべて価値じゃ。」
アレンは息を吸って、まっすぐにドランを見た。
「ドランさん。罠、解除します。」
「……は? なんでだよ。」
アレンは罠の結界に触れ、解除の呪を唱える。
光がほどけ、蔦が緩む。
「言ったはずです。僕は……戦うつもりはありません。」
自由になったドランは、よろめきながら立ち上がる。
だが、殴りかかってはこない。
代わりに、ただ困惑した顔をしていた。
「ドランさん。
俺の牧場の“守りの仕組み”には……ひとつだけ足りないものがあります。」
「……なんだよ。」
「“人の目”です。
スライムの扱い……慣れてますよね?
俺、見張り役を雇いたいんです。」
「……………………は?」
完全に理解不能な表情。
「なんで……なんで俺なんか……!」
「力があるのも価値です。
でも……経験も価値なんだって、バルドルさんに教わりました。」
ドランの喉がひくついた。
「……給料、出るのか?」
「もちろん。計算苦手なら、一緒に覚えましょう。」
ドランは顔をそむけ、小さく呟いた。
「……盗みに来た相手に……雇うって……
バカかよ……お前……」
「はい。よく言われます。」
その瞬間、リリアが遠くから全力で走ってきた。
「アレン!! 夜中に何やってんのよ!?
うわっドラン!? なんで牧場にいんの!!?」
「いや、その……面接中……?」
「面接ぅ!?!?」
深夜の牧場に、リリアの絶叫が響いた。
バルドルは満足げに笑う。
「よきかな、アレン。
“守りの仕組み”とは、罠でも結界でもない。
──“人”じゃ。」
アレンは、スライムたちのぷるぷるを見つめながら頷いた。
「はい!」
そして──
その日、アレンの牧場に“初の従業員”が誕生した。




