第11話 『第四の教え ― 守りは“仕組み”で固めよ』
夜明け前のスライム牧場。霧が薄く漂い、草の露が光る。その静かな風景の中、アレンは胸を張ってバルドルの前に立っていた。
「どうだバルドルさん! ほら、スライムたち……元気だろ?」
丸々と太り、透明度の高いスライムたちがぷるぷるしている。餌の種類、魔力量、運動量──全部バルドルの教えを踏まえて改善した結果だ。
だが老人はまったく喜んでいない顔でため息をついた。
「うむ、見事じゃ。……じゃが問題がひとつあるのう。」
「え、問題?」
バルドルは杖で牧場の境界線をコツンと叩いた。
「“守り”が無い。」
「え……?」
あまりに意外な指摘に、アレンはまばたきした。
「守りって……武器とか装備を強化すれば――」
「ちがうわい、アホ弟子。力で守れるのは自分の身だけじゃ。資産は“仕組み”で守らねばならん。」
アレンは息を呑んだ。スライム牧場が自分の資産……その概念がまだ馴染み切っていないのに、「守る仕組み」など考えたこともなかった。
「第四の教え。“守りを仕組みにせよ”じゃ。」
バルドルは指を立て、静かに言った。
「資産を持つ者は“盗まれる”危険と向き合わねばならん。守りを怠る者は、持った瞬間から“ただの獲物”じゃ。」
胸がざわりと震えた。
(そ、そういえば……ドランさん、あれだけ怒ってたし……。黒牙商会も気になる存在だし……)
アレンは自分の牧場を見回した。
粗末な柵、丸見えのスライム。
確かに、盗んでくださいと言わんばかりだ。
「……どうしたらいいんだ?」
「仕組みで守るのじゃ。つまり“働かずとも資産を守り続ける方法”じゃな。」
バルドルの口元がゆっくりと笑みの形に変わる。
「よし、罠を作るぞ。」
「えっ!? 罠!?」
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◆ バルドル式“罠学”講座
「よいかアレン。罠とは“働かない兵士”じゃ。」
「兵士……?」
「侵入者を捕まえ、監視し、動きを止める。しかも、何度動いても疲れぬ。最強じゃろう。」
バルドルはスケッチを描き始めた。
「まずは物理罠じゃ。穴、縄、音鳴り石……原始的じゃが効果は抜群じゃ。」
「ほ、ほぉ……」
「次に“情報罠”。魔法墨で足跡を残す。犯人が森に逃げても一発で追跡できる。」
「便利すぎる……!」
「そして“心理罠”じゃ。“監視中”の魔法灯が灯ると、人は自分が見られていると思い、動きが鈍る。」
「へぇ……そんなのもあるんだ!」
「最後に“価値罠”。泥棒は価値のあるものを盗む。ならば──偽の価値を与えて混乱させることもできる。」
アレンの脳がフル回転し始めた。
(し、仕組みって……こういうことか!)
ワクワクしながら地面にしゃがみ込み、メモを取り続けた。
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◆ 初めての罠作り、そして地獄の失敗祭り
だが、問題があった。
アレンは“超絶不器用”だった。
「よーし! 落とし穴完成! あとは枯草で──」
ズボッ!!!
「ぎゃーーー!! 自分で落ちたぁ!!!」
……1時間後。
「これで音鳴り石も完璧だろ!」
帰ってきたリリアが通路を歩く。
カランカランカランカラン!!!
「アレン!!? 何これ!? なんで私の動き全部バレる罠にしてんのよ!」
「え、いや……その、テストで……」
さらに1時間後。
「これは……“偽素材袋”! 完璧じゃないか!」
「アレン、これ本物の素材入ってるんだけど!? ラベル逆よ!!」
「ぎゃあああああ!!」
膝をつくアレン。
完璧に心が折れかけていた。
「やっぱり俺……不器用すぎて……資産なんて守れない……」
その肩に、バルドルの杖がトンと置かれた。
「勇者よ。“仕組み”とはな……一度成功したら終わりではない。」
老人は優しい声で続けた。
「再現性じゃ。失敗しても、直し、また失敗し、また直し……。その果てに仕組みは完成する。」
アレンは顔を上げた。
「……そうか。仕組みも……戦いと同じなんだな。」
「うむ。“諦めぬ者”だけが、仕組みを持てる。」
目がまた燃えだした。
アレンの手が、土を握る音がする。
「もう一度やる!」
「よいぞ。ではまず、落とし穴の深さを五センチ削るところからじゃ。」
「五センチ!?」
「五センチじゃ。」
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◆ 一方その頃、ドランは……
黒牙商会の薄暗い部屋。
「アレン・フォードを潰せば……市場は再びあなたのものです。」
「……本当に……潰せば……」
「兄を、超えられますよ。」
その言葉でドランの目が揺れた。
兄。
自分が一度も勝てなかった存在。
(……兄貴より……強く……)
握り拳に力がこもっていた。
⸻
◆ 罠完成、そして……
夜。牧場は月明かりに照らされていた。
「できた……!」
アレンの前には、見事に組み合わされた罠群。
物理罠、心理罠、情報罠、価値罠。
それらが一つの“守りのネットワーク”として連動している。
「バルドルさん……! これが俺の守りです!!」
バルドルは満足そうに頷き、指を鳴らした。
パチン。
「よし、試してみるかの。」
「ど、どうやって試すんだ……?」
その瞬間──草むらが揺れた。
ガサガサ……ガサッ……!
影が牧場に忍び込む。
「え、ちょ……もう!? 本当に来た!?」
音鳴り石が派手に鳴り響いた。
カランカランカラン!!!
アレンは構える。
影が月明かりの下に姿を現した。
「……ドラン、さん?」
「っ……!」
アレンの声に、ドランの表情が歪む。
「……」
その目は暗く、迷いながらも決意が燃えていた。
緊張が走る。
(なんで……ドランさんが……ここに……!)
アレンの喉が乾く。
バルドルは静かに呟いた。
「さぁ、アレン。“守り”の本番じゃぞ。」




