第10話 『第三の教え ― “資産”を作れ』
冒険者ギルドに入った瞬間、アレンは空気の違いに気づいた。ざわめきが重い。視線が刺さる。
「おい、最近のスライム素材、アレンのが一番質いいらしいぞ」
「ドランのは水っぽいってよ」
「王都の錬金術師がわざわざ指名して買いに来たって噂だぜ」
そんな声がちらほら聞こえてくる。
(お、俺の素材が……そんなふうに?)
胸が熱くなりかけた、その時──
「てめぇええアレン!!」
怒号がギルド全体を震わせた。
ドランが大剣を肩に担いだまま、鬼の形相で突っ込んでくる。
「てめぇのせいで、俺のスライム素材が全然売れなくなったんだよ!!」
「な、なんで俺のせいに……!」
「ああ!? お前が“高品質のスライム素材”なんて言われ始めてからだ!」
アレンが困惑していると、バルドルが杖でトントンと床を叩きながら歩いてきた。
「ドランよ。おぬし、焦っとるな」
「うっせぇジジイ! 黙ってろ!」
ドランは怒鳴り返したものの、手が震えている。
その震えを見て、アレンは初めて気づく。
(……ドランさん、もう相当稼げてないのか)
◆
翌日。
ギルド前には異様な看板が立っていた。
【ドランのスライム素材 大特価! 今なら半額!!】
さらにその下には、
【討伐代行セット──スライム10匹狩って素材10個サービス!】
アレンは目を疑った。
「な、なんだこれ……!」
リリアが顔を覆う。
「最悪よ……。こんな無茶な値下げ、絶対に市場が崩れるわ」
案の定、冒険者たちは「安いなら」と飛びついた。
しかし──
「うわっ、スライムコアが潰れてる!」
「粘液が薄い……これじゃ鍛冶に使えねぇ!」
「俺の工具が壊れたんだけど!? どうしてくれんだドラン!」
怒号が飛び交い、ドランは弁償続き。
素材代より修理費のほうが高くついて、逆に赤字が膨れ上がっていた。
(ドランさん……これはさすがに……)
だが問題はそれだけでは終わらなかった。
◆
「アレン、大変よ!」
ギルドに戻ると、リリアが血相を変えて走ってきた。
「市場全体が“スライム素材は信用できない”って雰囲気になってる。あんたの定期注文、全部いったん様子見にされちゃった!」
「えっ……!?」
アレンは心臓をつかまれたような感覚に陥った。
(俺がいくら品質を良くしても……市場そのものが壊れたら意味がないのか……?)
その夜。
アレンは沈んだ表情で川のほとりに座っていた。
バルドルが静かに隣に立った。
「アレンよ。水を見よ」
川の流れは穏やかで、光を反射してきらめいていた。
草が揺れ、魚が流れに乗って進む。
「流れは逆らう者を押し流し、整えた者の元にすべてを運ぶ。市場も同じじゃ」
「市場の……流れ」
「うむ。“整える者”こそが最も得をする。流れを力任せにせき止める者──例えば値下げで暴れ回る者は、いずれ自滅する」
ドランの姿が脳裏に浮かぶ。
「だがアレン……おぬしは違う。
おぬしが作ったのは素材ではない。
価値を生む“仕組み”じゃ」
バルドルは杖を地面に突き、告げた。
「第三の教え。“資産”を作れ。
働かずとも価値を生むものを持てば、
流れそのものを変えられる」
「資産……って、俺の、牧場が……?」
「そうじゃ。餌、運動、魔力密度、品質管理……それらすべてが“価値を生む仕組み”。牧場そのものが、おぬしの資産となる」
アレンの目が見開かれる。
(俺が作っていたのは……ただのスライムじゃない。
“品質の仕組み”なんだ!)
◆
その頃──ギルド裏の薄暗い部屋。
「ドラン殿、良い話がありましてな」
黒いローブを着た男たちが、ドランの前に金袋を置いた。
「我々“黒牙商会”は、スライム市場を独占したいのです。
アレン・フォードを潰していただければ……報酬は弾みますよ」
ドランの目が揺れた。
(俺を笑ってた奴らを……黙らせられる……)
拳を握りしめる。
「……やってやるよ。アイツさえいなけりゃ……!」
◆
アレンは牧場へ向かう道を、一歩一歩踏みしめていた。
(流されるだけの冒険者じゃダメだ。
俺自身が──“流れ”を作るんだ)
夜空を見上げる。星が瞬いていた。
バルドルはその背中を見て満足げに呟く。
「よいぞアレン……ここからが“金の勇者”の本当の旅じゃ」
風が優しく吹き、川の流れは静かに未来を運んでいた。




