第1話 『働けども金は消える』
王都レギオンの東端──冒険者ギルド前の掲示板には、今日もびっしりと討伐依頼が貼られていた。
その前で腕を組み、難しい顔をしている青年がひとり。
「……どれも安いな」
名はアレン。二十歳。剣の腕は中の上。
しかし財布の厚みは常に最底辺を維持する、筋金入りの“貧乏勇者”である。
ギルドの扉を開け、中に入ると、受付嬢リリアが苦笑しながら手を振った。
「おはよ、アレン。今日はどれを受けるつもり?」
「……またスライム掃除依頼かな。昨日の修理代でほぼスッカラカンだし」
「また赤字よ、アレン…」
リリアはカウンターに帳簿を広げ、アレンの収支を指でなぞった。
「ほら、見て。
昨日のオーク討伐で稼いだ四千ギル。
そこから剣の修理代二千五百ギル。
鎧の補修九百ギル。
宿代三百ギル。
食費二百ギル。
残り……ゼロ」
「……計算しないでくれ。心が折れる」
「むしろなんで折れてないのよ」
リリアは呆れ顔でため息をつく。
「アレン、あなた働いてるのに全然貯まってない。
何か間違ってるんじゃない?」
「……もっと稼げばいいんだよ。強い魔物を倒せば一気に取り返せる!」
そう言うとアレンは掲示板に戻り、より過酷な依頼に手を伸ばした。
拳で語りかけてくるような黒い紙。
《ドラグウルフ討伐:危険度B、報酬一万ギル》
アレンの目がギラリと光る。
「これだ!」
「ちょ、待ってアレン! あなたこの前もB級で大怪我──」
「大丈夫大丈夫! 働いて働いて働き抜けば、いつかは金持ちになれる!」
その言葉は、どこか自分に言い聞かせるような響きを帯びていた。
◆
──そして数時間後。
「ぐ……っ! ま、まずい……!」
森の奥、アレンはドラグウルフの爪に吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。
視界が揺れ、頭がくらくらする。
「くそっ……もう少しで倒せそうだったのに……!」
いや、倒せそうは錯覚だ。
一撃でもらったダメージが重すぎた。
アレンは逃げるしかなかったが、帰り道の途中で完全に力尽きた。
胃が痛む。
頭が痛む。
何より──財布が痛い。
「……これじゃ赤字どころか借金じゃねえか……なんだよもう……」
アレンは木にもたれ、目を閉じた。
意識が沈む。
今日という一日も“稼いだつもりで減るだけ”の一日だった。
そのとき──
「……おい、若造。こんな所で死ぬ気か?」
低く落ち着いた声が耳に届いた。
ぼんやり目を開けると、一人の老人がしゃがんでいた。
白いローブ。
伸びた銀髪。
年齢不詳の瞳。
アレンは呆然とした。
「だ、誰……?」
「ただの放浪賢者だ。ほら、これでも飲め」
老人は小瓶を差し出す。
中には淡い光を放つ回復薬。
傷がじわりと塞がっていく。
「ありがとう……助かったよ、賢者様」
「礼は要らん。気になったから声をかけただけだ」
老人──名をバルドルと言った。
バルドルはアレンのぼろぼろの装備と、薄い財布を一瞥して言う。
「働けども働けども金が貯まらぬ……そんな顔をしておるな」
「……図星すぎて泣きそうだ」
「なぜだと思う?」
「俺が弱いから……? もっと強い魔物を倒せば、もっと稼げるはず……」
アレンがそう言うと、バルドルは鼻で笑った。
「第一の教えだ、若造。
──お金のために働くな。」
「…………は?」
アレンは素で聞き返した。
「お金を稼ぐには働かなきゃダメだろ? 当たり前じゃないか」
「当たり前ではない。
お前は“働いて金をもらう”ことしか知らんから、永遠に貧乏なのだ」
「…………は???」
アレンの頭の上に、巨大なハテナが浮かんだ。
視聴者も同じ気持ちである。
バルドルは立ち上がり、月明かりを背に言う。
「若造。
もしお前が“金が貯まらない理由”を本当に知りたいなら──
明日、日の出までに街の西門へ来い」
「えっ、ちょ……!」
「来るか来ないかは自由だ。
だが、来れば……お前の人生は確実に変わる。」
そう言い残し、バルドルは森の闇へ消えた。
アレンはしばらく茫然としていた。
「……お金のために働くな……?
そんなの意味わかんねぇよ……」
でも、その言葉が頭の奥にひっかかって離れない。
稼いでも減る。
働いても貯まらない。
いつまでもこのままなのか?
アレンはゆっくりと立ち上がった。
「……明日、西門か。
……行ってみるか。」
そう呟き、痛む体を引きずりながら街へ戻っていった。
そして、アレンの“貧乏勇者の運命”は、この夜を境に大きく動き出すのだった。




