クリスマスは誰がために Bパート
「紹介します! 地域猫のミケちゃんです!」
この公園には野良猫が住み着いており、地域の住民に可愛がられている。いわゆる“地域猫”ってやつである。
両脇を支えられ、ぶらんと脱力しながら「にゃ〜」と鳴くミケちゃんを前に、QPは怪訝な顔をした。
「ミケちゃん?」
「そう、ミケちゃん。可愛いでしょ?」
「うん、可愛いけど……三毛じゃなくて茶虎だよね」
「そうだね。でも、大人から子供までみんな“ミケちゃん”って呼んでるんだよ」
「……それで、ミケちゃんをどうするの?」
そう、そこが今回の肝だ。人が操れるなら、犬や猫を操れても不思議はないよね作戦!
ミケちゃんの背中に受信アンテナを取り付け、スマホから指示を送る。
【糸尾紡久の家の前で待機。糸尾紡久が出てきたら後をつけて、出かけ先を私に報告する】
「よーし、行ってこいミケちゃん!」
私が命令文をスマホから送信すると同時に、QPがミケちゃんを解き放つ。一直線に公園を駆け抜けて見えなくなったミケちゃんを、QPはシャキーン!と親指を立てて見送っていた。
冬の公園のテーブルに座り、QPと話しながらミケちゃんの帰還を待つ。QPの話題は、彼氏のマーくん絡みの話が多い。あれ……私も一応は彼氏持ちのはずなんだけど、話題が無いぞ。考えてみれば、糸尾とそこまで深く関わっていなかったことに気づいた。
テーブルスペースを囲む空の藤棚を吹き抜ける北風が、私の心にも吹き荒ぶ。私、この二ヶ月、何やってたんだろ。
小一時間ほどして、ミケちゃんが小走りで戻ってきた。
「よし、ミケちゃん。報告したまえ!」
「にゃ〜」
うん? スマホのアプリを見るが、報告のフィードバックは無かった。
「……報告したまえ!」
「にゃ〜」
「…………」
「アヤちゃん、猫語わかるの?」
「わかるわけないっしょ。ダメかぁ」
その後、QPと問題点を洗い出した。そもそも、ミケちゃんが糸尾紡久とその自宅を知っているのか。そして肝心の糸尾が家に在宅していたのか。さらに、出かけた先が電車やタクシーなどでの移動だったら、ついて行けるのか。
次々と浮かぶ問題点。猫語がわかるかどうか以前の問題だ。すでに作戦としては崩壊している。無駄な時間を過ごしたと打ちひしがれる私をよそに、QPは「バイバーイ」と言って受信アンテナを回収したミケちゃんをリリースしていた。その能天気さが羨ましい。
やはり、人間を操作しないと問題は大きそうだ。よし、ひとつ賢くなった。
本来なら糸尾に直接、電話するなりメールを送れば済む話なのは分かっているが、それだとなんだか負けた気分になるのは何故だ。そうなると次に私が出来ることは限られている。次にやることは……
「こうなったら、直接乗り込むか!」
「え、どこに?」
「糸尾の家に決まってるじゃん。用事があると言ってたし、たぶん糸尾はもう出かけてると思うんだ。なら、家の人に行き先を聞くしかないっしょ」
「それはそうだけど、誰がやるの? アタシは嫌だよ?」
「……わかってるわよ。私がやるよ。でも保険は使わせて」
「保険?」
***
今、私は糸尾の自宅前に立っていた。ゴクリと生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。少し離れた場所で、QPが私のスマホを持ってスタンバっている。
ハッキリ言って、私は糸尾の親の前でまともに話せる自信がない。だから、スマホDEマリオネットを使って、事前に決めた質問だけして、さっさと切り上げる。用意した会話は……
【一礼して最初に挨拶。「糸尾くんのお母さんですか? はじめまして、クラスメイトの久具津といいます。糸尾くんは出かけていると思いますが、用事があるので行き先を知りたいのですが、ご存知でしょうか」相手の返事を聞いたら「ありがとうございます。それでは失礼させていただきます」と挨拶して撤収する】
緊張しながらインターホンに指を添える。ちらりと後ろを振り返ると、物陰から見守るQPが親指を立てていた。心臓の音がやけにうるさい。意を決して、インターホンをポチッと押した。
『はい、どなたですか?』
しばらくして、インターホンから優しそうな男性の声が聞こえた。糸尾のお父さんだろうか?
身体がピクリと反応して、自然と会釈をする。QPが命令文を送信したようだ。あとは勝手に喋ってくれるはず。
「糸尾くんのお母さんですか? はじめまして、クラスメイトの久具津といいます」
はい? お母さん? いや、ちょっと待ってくれ!
『い、いや、私は紡久の父ですが』
わかってます! でも止まらないんです! ごめんなさい、ごめんなさい!
「糸尾くんは出かけていると思いますが、用事があるので行き先を知りたいのですが、ご存知でしょうか」
「あ、はい。ちょっといるかどうか確認してくるので、少し待っててください」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
いやいや、肝心な情報を聞いてないじゃん! 心とは裏腹に、身体は勝手に会釈し、踵を返してスタスタと足が進む。背中越しにインターホンから何やら声が聞こえるが、頭が真っ白で耳に入らない。
QPの元まで戻った私は、膝からガクっと崩れ落ちた。
「……私、第一印象最悪じゃん」




