さようなら。はじめまして。 Cパート
「卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます」
“マリ”ことスマホDEマリオネットを斎藤さんに返却して早三ヶ月。今年は冬将軍がしぶとく抵抗し、桜前線の停滞が懸念されていたのだが、今週に入って一変。麗らかな陽気が続き、桜の開花が間に合った。
私たちは今日、高校生活最後の時を迎えた。
「卒業しても友達だよ!」
「あっちに行っても元気でな。連絡するからさ」
「先輩、今までありがとうございました」
「最後にひと言、言いたくて……僕、君のことが――」
未来への希望を語る者、別れを惜しむ者、ラストチャンスに掛ける者等々……
卒業式が終わって私は一人、様々な想いが交錯する校内を歩いていた。想い出に浸る訳じゃないけれど、最後に目に焼き付けておきたかったからだ。
中庭に差し掛かったところで足を止める。アレは――
「ムッちゃん、卒業おめでとう」
「桜……うん。ありがとう」
――糸尾と桜が居た。
そっと身を潜めて成り行きを窺う。桜……お前、本当に一途だよな。私はお前のそういうところ、好きだったよ。
「ムッちゃん、私……」
「ごめん、桜! 俺、やっぱり……」
「……!」
ふと見ると、中庭を挟んだ向こう側でも工藤ちゃんが固唾を飲んで桜の告白を見届けていた。
「……私さ、高校に入ったらムッちゃんとずっと一緒に居られると思ってたんだよね。でも思い通りには全然ならなかった」
「桜……」
「でもね、嫌じゃ無かったよ。楽しかった、本当に楽しかったよ」
「俺もこの一年、楽しかったよ」
目を潤ませて泣くのを堪えながら桜は笑ってみせた。
「最後にお願い。ネクタイ……私に頂戴」
桜の要望に応えて、糸尾は無言で頷いてネクタイを首から抜き取って渡した。
「……ありがとう。大学に行ってもサッカー頑張ってね。好きだったよムッちゃん。バイバイ……」
最後まで笑顔で頑張った桜だったが、一筋の涙が溢れた。それでも笑顔を崩さずに小さく手を振る。
一瞬息を呑んで唇を噛んだ糸尾は、中庭を向こう側へと足早に去っていった。
それとすれ違うように工藤ちゃんが中庭の桜へと駆け寄っていく。工藤ちゃんの胸に顔を埋めた桜の嗚咽が私にも届く。
最後まで見届けた私は、声を掛けること無くそっとその場を後にした。大丈夫。お前のその一途さがあれば次はきっと上手くいく。私が保証するよ。
昇降口付近で糸尾に声を掛けられた。
「オッス、久具津。何ふらふら歩いてんだよ」
「うっせ。お前も似たようなもんだろ」
二人で並んで校門までを歩く。桜の枝が風に揺れて花びらが舞い散った。
「……ネクタイどうしたん?」
「ん? ああ……俺、選手権にも出たし、人気者じゃん。俺のファンだって後輩に取られちまったよ」
知ってるよ。見てたから。
「ハイハイ、よかったね」
「バッカ! 俺はお前が思っているよりモテるんだっつーの」
「……そっか。そう、かもな」
互いに話す事が無くなり、無言の時が過ぎていく。
見えてきた校門前には麗華と高橋、そして私に気が付いたQPが手を振っていた。
「……久具津。俺さ、頑張るから」
「……うん。試合、見に行くよ」
「!……はは、ははは。よっしゃ!カッコいい所見せてやんよ」
「アホか!調子乗りすぎ!」
喧々諤々と賑やかに校門前で皆と交流した。
高橋は結局、下部リーグのプロに入団が決まった。
「俺の力でJ1に昇格してみせるよ」と大胆宣言をかましていた。
麗華はマーくんと同じ国立に受かった。
「高橋くんが将来、世界を目指す時に備えて外国語を習得するわ」だそうだ。惚気か!
糸尾はサッカーで有名な私立大学に決まった。
「夢を掴む為に頑張るさ」と言っていた。不安しか無いけどね。
「むふふ、アヤちゃん。大学でもよろしくね!」
QPは私と同じ私立に行く事になった。本当はマーくんと同じ国立を目指していたが、国立のハードルは高かったようだ。学部は違うが、私としても嬉しい限りである。
「次に会う時は、お互い笑って会いたいもんだね」
こうして、私たちはお互い新しいスタートを迎え、再会を約束して解散した。
「ただいま〜と。…ん?」
卒業式に参加していたお母さんと合流して帰宅すると――
「おかえりなさい。久具津さん、卒業おめでとう」
「さ、斎藤さん! どうして!」
玄関先に斎藤さんが立っていた。なんで?
とりあえず、和室に通して話を聞く。
「コレを君に。卒業祝いと思って受け取ってください」
平テーブルの上にそっと出された真新しいパッケージ。それはスマホDEマリオネットであった。
「えっと、前に不要だと伝えましたよね?」
訝しむ私に斎藤さんはニコニコしながら尚も勧めてくる。
「そう言わずにお確かめください」
おいおい、なんなんだよ。仕方なくパッケージを開けると案の定、スマホDEマリオネットの受信アンテナが出てきた。嘆息しながらそれを手に取る。
「気付きましたか?」
何を言っているんだろ。何に気付くと?
意味深な斎藤さんの台詞に押されてしげしげと受信アンテナを見つめる。……あれ?
「……艶が薄れていて小さな傷が……中古品?」
斎藤さんは無言でニコニコ笑顔のままだ。これって……まさか……
ひっくり返して裏を見た。
「……シリアル番号が――無い。え、って事は!」
「データは取り終えましたので、貴女の“マリ”をお返しに参りました。もっとも、そのままお返しする事は出来ませんので、出来るだけオリジナルを残しつつ、製品版に準じた仕様へと僕自らハンダゴテを手に調整させて頂きましたけどね。」
斎藤さんの言う通り、確かに“マリ”だ。だがこれは”マリ“では無い。私の“マリ”はもう居ないのだ。
思わず笑みが漏れた。ちょっと期待してしまった自分の滑稽さに笑ってしまったのだ。
「喜んでもらえて嬉しいよ」
斎藤さんは私の嘲笑を勘違いしたみたいだけど、それでいい。これは私の内面の話なのだ。斎藤さんの善意は受け取ろう。
「ありがとうございます。大切にします」




