急ぎの客ありて心乱すべし Eパート
「回収って……どういう事ですか……」
斎藤さんが私に会いに来た理由。それは本来は試作品である“マリ”ことスマホDEマリオネットの回収だった。
「電気商品を販売する際には、PSE基準を守らなくてはいけないんだよ」
「ピ、ピーエス……何?」
「ごめんごめん。早い話が安全基準を満たした商品しか販売する事が出来ないんだ。ところが、君が持っているスマホDEマリオネットはオーバースペックの規格外品。いや、ハッキリ言おう。モンスターだ」
「モ、モンスター?」
私はポケットの中の”マリ“をギュっと握りしめる。“マリ”がモンスター?
「あ、アヤちゃん……」
QPが心配そうに私を見つめてくる。小さく頭を横に振り斎藤さんに視線を戻すと、真剣な目で訴えてきた。
「作成した僕たちですら、どんな結果が出るか怖くて試す事すら出来なかった程の過剰スペック。人体にどんな影響を及ぼすか分からない怪物。つまり市場に出てはいけない品なんだよ。だから――」
人体に影響? ”マリ“は何も悪い事してないよ。私に害を及ぼした事なんて無いのに、どうして……
「――だから、ソレを僕に渡してほしい」
嫌だ。なんで……あ、そうだ!
「えっと、その……“マリ”は壊れています。川に落ちた時に水に浸かって壊れちゃいました。だから……だから今は安全です」
そうだよ。試してはいないけど電気製品が水没して無事な訳がない。この子は今は安全なんだ。だから――
「”マリ“ってその試作品の事かな? さっき過剰スペックって話をしたよね。その試作品はダイバーズウォッチ並みの耐水性能なんだよ。水深200Mでも耐えるんだ。つまり、壊れる道理がないんだ」
そ、そんな……どんだけ過剰スペックなんだよ。流石のQPも驚いて目を丸くして斎藤さんに問いかけた。
「もしかして、夏に別荘から急遽帰宅するって言ってたのはスマホDEマリオネット関連ですか?」
斎藤さんはバツが悪そうに笑う。
「よく覚えているね。実は営業部は春先から試作品が流出した事に気付いていたらしいんだ。でも一時的に販売を停止して内輪で処理しようと目論見たらしいんだけど、あの日、限界と判断して開発部に泣きついてきたって訳さ」
確かに春休みにネットで確認した時、販売停止中になっていた。そして夏のあの時、奥の部屋で電話していた時に初めて“マリ”が行方不明になっていると聞かされたって事か。
でも、そんなのは関係ない。重要なのはそこじゃない。
「……“マリ”を回収して……どうする、つもりなん、ですか?」
途切れ途切れの掠れた声が、自分の声じゃないみたいだった。”マリ“を握る手の震えが止まらない。
「そう、だね……解体してもう一度、性能検証になるだろうね。幸いにも被検データがここにあるし……」
そう言って斎藤さんは脇に置いていたカバンから一冊の冊子を取り出した。アレは――昨年末に文芸部で出した会報誌だ。
被検データ。つまり、私の作品は臨床試験に相当すると言っているのだ。
そして、何より、私が原因で“マリ”が解体されると言われた事にショックを受けた。
……私のせいなの? 私が体験談を面白半分で綴ったから?
「嫌だよ! ”マリ“はそんな悪い子じゃない。絶対に渡すもんか!」
平テーブルがひっくり返らんとばかりに立ち上がった私は駆け出すように和室を出た。
「きゃ……え、操乃!?」
お盆にお茶を乗せたお母さんとぶつかりそうになったが、すり抜けるように交わして玄関を飛び出した。
「待って、アヤちゃん!」
外はいつの間にかポツポツと雨が降り始めていた。濡れるのも気にせず走り出す。
背後でQPの呼ぶ声が聞こえたがどうでもよかった。ただ、あの場から早く離れたい。それだけだった。
気が付くと公園のベンチに座り、雨に打たれていた。足元には地域猫のミケちゃんがすり寄っている。
無言でポケットの中の“マリ”を握りしめ、地面を見つめていると、肌を打つ雨の感覚が消えた。
見上げると同じくずぶ濡れのQPが傘を差して私の上に掲げていた。
「アヤちゃん……」
「嫌だよ。”マリ“が分解されるなんて、死んじゃうなんて嫌だ。どうしたらいいの? 教えてよQP……」
頬を伝わる雫は雨なのか涙なのか、既に分からなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第十一話は、操乃にとって
「知らなかった」から「知ってしまった」へ移る話でした。
正しさと優しさが必ずしも同じ方向を向かないこと。
善意が、誰かにとっては脅威になり得ること。
そして、自分の書いたものが現実に影響を与えるかもしれない、という感覚。
次回、最終話となります。
答えは用意されていますが、結論を押し付けるつもりはありません。
操乃が何を選ぶのかを、最後まで見届けていただければ幸いです。




