急ぎの客ありて心乱すべし Cパート
「え……誰? 誰なの?」
闇に包まれていた。音も光も無い虚無の只中に横たわる私は金縛りにあったかのように身動き一つ取れない。それでも感じる。すぐ傍らに気配を感じるのだ。
必死に横目で気配を探るが気配の主を捕らえることは無く徒労に終わる。そしてゆっくりと気配は遠のいていった。なぜか、取り返しのつかない気がしたので呼び止めるも気配は薄れていく。ゆっくりと、ゆっくりと……。
スマホの音で目を覚ます。身を起こして画面をタッチし、アラームを止めた私は頬に流れた涙の跡を拭った。
何か夢を見た気がするが思い出せない。喪失感だけが残り、心がモヤモヤする。
覚醒しきれない身体を無理矢理に動かして制服に着替える。茶のブレザーに袖を通して襟元を正した私は、卓上に置かれたスマホDEマリオネットの受信アンテナを手に取った。
「おはよう、”マリ“。今日もよろしくね」
ポケットにそっと忍ばせて階段を降りる。
【スマホDEマリオネット】を最後に使ったのがいつだったかは覚えていない。夏に川に落ちて流された際に壊れた可能性もあるが、試した事は無かった。それでも愛着は増していて【マリ】なんて名前まで付けて、今ではもっぱら御守り代わりだ。
「操乃、いつまでもコタツに入ってないの。さっさと行きなさい」
朝食を食べてまったりと寛いでいると、お母さんに叩き出された。コートを羽織り、マフラーを巻いて外に出る。
吐く息は白く、今にも雨が降りそうな鉛色の空が寒さを増長する。マフラーに口元を埋め、北風に抗いつつ新学期を迎えた学校へと向かった。
「アヤちゃん、おはよー。今日も寒いね〜」
校門前でQPに声を掛けられ、一緒に昇降口へ。その間の話題は間近に迫ったセンター試験一択だ。
久々の教室は正月明けの弛緩した空気が漂うも、本番前の緊張感は拭えない。どこかソワソワした三学期が始まった。
「久具津。鈴木先生が職員室に来てくれだとよ。また何かやったのか?」
「嫌だなあ先生。何もしてませんよ。アハハハ」
新学期初日を終え、HRの後に担任の先生から声を掛けられた。マジかあ、今度は何を言われるんだろ?
「なんだろ、文芸部絡みかな。アタシも付いて行く?」
「いや、一人で行くよ。あんがとね」
QPの同行を断って一人で職員室へと向かった。どうせ碌な事じゃない。最近のQPはマーくんと市立図書館で一緒に勉強しているから、付き合わせるのも悪いしね。
「失礼します。鈴木先生に呼ばれて来ました」
ノックして職員室に入る。手招きする鈴木先生の元へと向かった。
「悪いわね、わざわざ来てもらって。早々だけど、久具津さんに謝らないといけないの。ゴメンナサイ」
「えっと、いきなり謝られても……何の話ですか?」
うむ、要領を得ないな。この人、今度は何をしでかしたんだ?
「そうよね。実はお正月に帰省した時に同窓会があったのよ」
「はあ。それと私に何の関係が?」
「同級生に工業製品関係の仕事をしている人がいてね。つい貴女の書いた小説を見せてしまったのよ」
「工業製品? それはまあ、いいんですけど……それだけですか?」
そもそもが、高校文学大会で賞を貰っている時点で世間的に公開されている。今更な話である。
「えっと、それで……」
目を逸らし言い淀む鈴木先生。本当に何をしたんだよ。
「……なんだか久具津さんに興味を持っちゃって、住所を教えてくれないかとか言われたり言われなかったり……」
なぬ! 住所を聞いてきた?何で?
「まさか教えてなんていないでしょうね?」
「してない、してない。私だって一応は教育者よ? 男を口説くのに生徒を生贄になんてしないわ!」
いや、不穏な単語がいくつも出て来たぞ。大丈夫か?
「それで、成果は?」
「……彼、いつの間にか結婚してて、子供まで居たわ」
玉砕乙!
「えっと、その同級生が私の家に来る可能性があると?」
「ウ~ン。そこが分からないのよ。文集に載っていた貴女の名前を見て「ほう、なるほどなるほど」なんて言ってたんだけど、斎藤肇って人を知ってる?」
「サイトウハジメ……新選組ですか?」
「惜しい。一文字違いね。って事は知らないのね。」
そもそもサイトウなんて苗字は日本で有数の苗字なのだから見当も付かんわ。
「一応、気に留めておいて。何かあったら私に連絡ちょうだい」
何かあったら駄目だろとは思うが、展開が読めない以上は仕方が無いのかな。
「分かりました。気を付けておきます」
職員室を後にした私は、サイトウハジメについて記憶を探るがピンと来る人物は居なかった。分からない以上、考えても仕方がない。気持ちを切り替えよう。
校門前でQPが待ちんぼしていた。
「QP、どうしたの?」
どうやら、マーくんから急用との連絡があり、私の事も気になったから一緒に勉強しようと待っていたらしい。私としても、二人で教え合ったほうが効率が良いから大歓迎だ。
「そっか。なら今日は家で勉強しようか」




