疑心暗鬼のオブソーバー Aパート
「なんだか……眠くなってきたね」
夜の森は想像以上に暗い。ましてや雨が降り、月明かりすらないから尚更だ。視界に映るのは炎に照らされた洞窟内部と、ぽっかりと空いた出口から見える闇に浮かぶ木々の輪郭だけ。 聞こえるのは木々を、岩を、地面を穿つ雨音。そして焚き火の薪代わりの枝が爆ぜる音と、遠く滝の音だけだ。
雨に濡れた身体は焚き火でなんとか熱を取り戻し、服も乾いてきたが、蓄積された疲労と心地良い温もりに眠気が襲う。
「……うん……」
見ると、マーくんもさすがに疲れたのだろう。返事はしたものの、すでにうつらうつらと舟を漕ぎ始めていた。
「(お疲れさま。ありがとうね)」
その光景を見て、安堵と感謝で胸がいっぱいになる。もし私一人で流されていたら間違いなく滝壺へ一直線。出来たてホヤホヤの土左衛門の完成である。 安心した途端に瞼が重くなり、そのまま意識を手放そうとした瞬間、はっと目を開きマーくんを凝視する。
「(まさか、寝た振りをして、私が寝たのを見計らい、あんな事やこんな事を……。いやいや、彼はそんな人ではない。ましてやQPの彼氏だ。その友達にそんな……。だが男だし、下半身に忠実になる事も! いや、だが待て!)」
座ったままの状態でじりじりと後退りしながら、ファイティングポーズをとる。妄想は膨らむ一方で結論は出なかった。助けてもらっておいて信用しないとか、私ってば……。
葛藤の果てに私はポケットに入っていたスマホDEマリオネットの受信アンテナを取り出した。これって防水加工されているのかな? まあいいや、私の精神安定のためだ。スマン。
私はマーくんの頭の上に受信アンテナをそっと乗せた。
***
――何だよ、うるさいな。まだ寝たいんだよ。 複数の人の気配。そして誰かが私を呼んでいる。誰?
「――ちゃん、アヤちゃん! 起きて、アヤちゃん!」
えっと、麗華かな? なんで麗華がウチに来てんだ? いや、ちょっと、そんなに激しく揺さぶらないで。起きる、起きるから!
「ふぁ……あと一時間だけ寝かせて……」
「アヤちゃん! 無事で良かった……」
突然、身を引き寄せられて抱き竦められた。何事? 涙を流し抱きつく麗華の肩越しに見ると、隣の別荘の斎藤さんが安堵の表情で私たちのやり取りを見て苦笑いしながら電話をしていた。あれ? 私一体……。 徐々に意識が覚醒していき、事態を把握した。
「れ、麗華! なんでここに!」
麗華の両肩を掴んで引き剥がし、慌てて問い掛ける。
「何ってアヤちゃんとマーくんを探しに来たんじゃない。無事で良かった……」
「他の友達も呼んだから、もうすぐここに来ると思うよ」
皆と無事に合流出来た事に安堵し、ちょっと泣きそうになった。でも眼の前で泣いている麗華を見ていると、逆に落ち着いてくるから不思議なものだ。
「斎藤さんにまでご迷惑を掛けちゃったみたいでスミマセン。ところで、今どんな状況?」
涙を拭き、鼻をすすった麗華に聞いてみた。
「あの後、周辺を少し探索したんだけど、雨のせいで地盤が緩んでいて二次災害の危険があったから別荘に一旦戻ったの」
「早朝に雨は上がったので探索に出ることになってね。後藤さんの年齢と体調を考慮して僕が手伝うことになったんだよ。二手に分かれて探索してて、君たちを発見したって訳さ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
麗華の説明を引き継いだ斎藤さんに礼を言う。隣ではまだマーくんが穏やかな寝息を立てていた。この騒ぎでも起きないのだ。相当に疲れていたんだろうな。
「マーくん、起きてー! QPが迎えに来るよー!」
マーくんの肩をユサユサと揺する。あ、受信アンテナを回収しとかないと……。
私はマーくんの頭に乗せた受信アンテナへと手を伸ばした。
「マーくん! アヤちゃん!」
この声はQPか。荒い息遣いで呼ぶ声に、洞窟の入口を見やる。朝日を背にしたQPの顔が逆光でよく見えない。目を細めて表情を伺うも判別できない。笑っている? それとも泣いている?
「……アヤちゃん……なんで……」




