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QPと恋するマリオネット  作者: ましだたけし
第八章 夏のアバンチュール。川の流れに身を任せ

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39/60

夏のアバンチュール。川の流れに身を任せ Dパート

「あ、引いてる、引いてる!」


 川面に反射する光がキラキラ揺れ、竿先に伝わるかすかな重みさえ楽しく感じた。 釣りなんて初めてだったけど、みんなでキャッキャ言いながらやると意外と悪くない。私、QP、麗華、桜、そしてマーくん。五人でのんびり過ごす夏の午後――の、はずだった。





 最初に釣り上げたのは麗華だった。興奮気味に竿を上げると、銀色に光る小さな魚が跳ねている。いきなり経験値を積むとか、さすが麗華。


「くそ、負けてたまるか。来い、経験値!」


 大声を出してはいけないとのことなので、小声でボソリと呟いた私も負けじと集中するが、できるのはただ待つことだけ。魚との駆け引きって、どうやったらいいのよ。これじゃ経験値どころか、ただの自然観察じゃん。 その後、マーくんが手慣れた様子で数匹を釣り上げ、桜も指導の甲斐あって一匹目をゲット。QPは私と似たような状況で、時々竿を上げてはため息をついていた。


「アヤちゃん、どう?まだ?」


「ダメ。餌が取られるばっかり。てか、餌がイクラってグルメだよね」


 私のグルメ発言にマーくんが「イクラの代用餌だけどね」と笑いながら教えてくれた。人工イクラと呼ばれる手軽な餌で、女の子に配慮してのチョイスらしい。やっぱり彼は気配りの人だ。


「アヤちゃん、そこ危ないよ」


「わ、わかってるってば……たぶん!」


 QPの注意に返事しながら、私は川の縁の丸石にそっと足を乗せた。 立ち位置を少し変えたら釣りやすいかなって思っただけなんだ。ほんの数十センチ前に出れば視界も開けるし、気分も乗りそう――そんな軽いノリ。


 最初に気づいたのは、風の匂いだった。 さっきまで太陽の光がきらきら反射していた渓流も、いつの間にかひんやりした空気に包まれている。


「……あれ、山のほう暗くないですか?」


 桜の声に全員が顔を上げた。 上流――つまり山の上のほう。さっきまで青かった空が、まるで墨汁を流したみたいに一気に黒く沈んでいた。谷間だから見える空は限られていて、こういう変化は急に迫ってくる。


「夕立かな。早めに切り上げたほうがいいかも」


 え、私まだ経験値を得てないよ? QPに「戻ろう」と声を掛けられて、仕方なく頷いた。


 その“頷き”の直後だった。 ぽつ、ぽつ、と冷たいものが頬に落ちる。まだ小粒だけど、雨は確実にこちらへ近づいている。


「よし、一旦集まろう。竿を仕舞って……」


 マーくんが声をかけ、私も慌てて竿を持ち上げた。


 そのときだった。 水の流れの音が変わった。低くうねるような、ごう……という響き。さっきまで澄んだ水が、気づけば茶色く濁り始めている。


「これ、上流でかなり降り始めてるな……」


 マーくんの表情が一気に緊張に変わった。 私の心臓が嫌な跳ね方をする。こういう場面、ホラーでも見たことあるやつだ。雨より先に“濁流が来る”って、山では本当にあるんだ。


「急いで戻ろ――」


 言いかけた瞬間。私は立ち位置を変えようとして、足元の丸石の端に乗ってしまった。


……ぐらっ。


「え?」


 浮石だった。ほんの少し足の位置を変えただけなのに、石がぐらりと傾き、膝の力が一気に抜け、視界がブレた。 バランスを取り戻そうと腕を広げたが遅い。


「久具津さん!!」


 マーくんの声。次の瞬間、肩を掴まれた。助け起こそうとしてくれたんだと思う。けれど、その力が逆に私の体勢を加速させた。


「あっ――」


「うわっ!」


 私とマーくん、二人は縺れるように落水した。


 冷たい。息が一気に持っていかれる。頭が真っ白になるほどの衝撃と、水の勢い。


「アヤちゃん!」「マーくん!!」


「大変だ、後藤さんに早く知らせないと……」


 麗華とQPの悲痛な叫び声、そして桜が慌てて駆け出す。その声も景色も、全部が遠い。


「はっ……けほっ……!」


 多少水を飲んでしまい、むせながら必死に顔を水上へ出すと、マーくんが私の腕を掴んだ。


「離れないで!」


 声は震えていた。私だって怖い。 それでも雨はさらに強くなり、すぐ視界が白く煙るほどの土砂降りに変わった。川の流れは一気に速くなり、足がまったくつかない。水を含んだ衣類は重く、動きづらい。二人して浮かんだり沈んだりしながら濁流に押し流される。


 上流から押し寄せた大きな濁り水が、私たちの身体を引き寄せ、引き千切るように流れを速める。渓谷は天然の水路みたいに細くて深い。逃げ場なんてどこにもない。


「ぎゅ、っうび〜――!!」


 最後にQPを叫んだ声は、自分でも驚くほど掠れていた。手を伸ばしても、岸はみるみる遠ざかっていく。 雨は止むどころか激しさを増し、音が全部を飲み込んでいく。それが恐怖をさらに煽った。


 私はただ、必死にマーくんの手を握ったまま流され続けた。離した瞬間に何かが終わる気がしたからだ。


 濁流はどこまでも容赦なく、糸尾とQPの顔が脳裏をよぎった。もう駄目かも……。

 巻き込んでしまったマーくんには謝っても許されないだろう。だけど言わずにいられなかった。


「(マーくん……ゴメン……)」

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