すぷらっしゅ・いん・ぐらす Eパート
「……私に聞くな。自分で決めろ」
ショッピングモールの有名ハンバーガー店。奥のテーブルを囲む五人の高校生は、一人を除いて一瞬で凍りついた。
「あ、アヤちゃん、言い方……」
「え? えっと……自分の将来のことだ。自分で決めないと、きっと後悔するぞ」
QPに嗜められて言い直すと、全員が突っ伏してしまった。
結局、糸尾は何も決められないまま、その日は解散となった。
***
上下の瞼が必要以上にスキンシップを図ろうとするのを指で妨害しつつ、学校へ登校する。昨日の代休は雨だったが、今朝は気持ちのいい日差しが出ていた。
「おはよー、アヤちゃん。てか、随分眠そうだね」
後ろから軽やかに駆け寄って横に並んだQPが、私の顔を覗き込むようにして訝しむ。
「まあね。ちょっと勉強を頑張りすぎたわ」
するといきなりQPが私の頬を指で摘んで引っ張ってきた。
「お前、何者だ! その偽の仮面を引っ剥がしてやる!」
イタイ、痛いってば!
「バカ、ふざけんな! 本物だっつーの!」
両手でQPの両頬を摘んで引っ張り迎撃する。
私ら、朝の通学路で何やってんだよ。
「でも偉いじゃん。ちゃんと勉強してきたなんて」
「当たり前じゃん。私だってやる時はやるんだよ」
教室に入って席につく。その日の授業は無難に過ぎていったが、二時限目あたりから天気は崩れ、雨が降り始めた。
「アヤちゃんは今日も購買でパン? 私も行くよ」
「QPもパンか。急がないと売り切れるよ」
お昼休み、二人で購買部へ向かう。廊下の窓には雨水が滴り、空は厚い雲に覆われていた。
「あれ、糸尾くんと桜ちゃんじゃない?」
私たちの先を歩く糸尾と桜。……てか、桜に連行されてる?
QPと顔を見合わせ、互いに頷くと二人の追跡を始めた。
***
「ムっちゃん、選手権がんばってよ。この前は活躍したし、きっとレギュラーに選ばれるよ!」
「桜……俺は……」
人気のない特別教室棟に二人の声が響く。廊下の角から様子を見ていた私たちは息を飲んで見守った。
桜は糸尾に選手権まで頑張ってほしいらしい。懸命に奮い立たせようとしている。
それに対して糸尾は煮え切らない態度。まだ結論が出ていないのか、あるいは既に決めているのか……。
なんだろう、さっきからイライラが止まらない。理由も分からないまま歯ぎしりする。気付けば身体が動いていた。
「!?……」
慌てて無言で止めようとするQP。私は小さな声で「大丈夫」と告げると、あきれ顔のQPが「分かった。行ってらっしゃい」と送り出してくれた。
コツ、コツ、コツ。
特別教室棟の廊下に響く私の靴音。糸尾と桜が驚いた顔でこちらを見る。
「悪いね、桜。糸尾に話があるんだけどいいかな?」
「操乃先輩……」
桜への視線を外し、糸尾を見据える。糸尾がゴクリと唾を呑み込む音が聞こえた気がした。
「糸尾、この前の試合は……まあ、キツかったな。現実が見えただろ?」
「ちょ! 何を……」
慌てて口を挟もうとした桜を、糸尾が手を挙げて制する。視線は私を見据えたまま。私も糸尾の目を見つめ返す。
「リベロは今の主流じゃない。その身で実感しただろ?」
「……ああ、分かっていたよ。でも俺は――」
「でも、手段がないわけじゃない。お前が求めるリベロとは少し違うかもしれないけど」
「――え?」
私の言葉に目を見開き、息を止める糸尾。桜も困惑している。
「4バックで普段はゾーンとして機能し、状況判断で前に出るスタイル。ボール・プレーイング・センターバックって言うらしい。後ろからゲームを作るタイプのセンターバック」
「バ、バカ、それってお前!」
「やっぱり知ってたんだ。かなり難しくて能力を試されるらしいね。あれから私も色々勉強したよ」
「知ってたよ。だけど……俺の技術じゃ到底無理だ」
「なら諦めて受験に専念しろよ。サッカー部を引退することを考えてたんだろ?」
「……ムっちゃん」
「……」
「でも諦められないんだろ? だから悩んでいたんだろ? 夢を諦めたいのか、追いかけるのか、今決めろよ糸尾」
俯き、両拳を強く握り込む糸尾。無言で見守る桜。やがて糸尾がゆっくり顔を上げた――。
「俺は……」
窓の外、雨はいつの間にか上がっていた。厚い雲の隙間から太陽の光が漏れ注ぐ。エンジェルラダーが眩しくて思わず目を細めた。その光の中で、糸尾の顔だけがやけに晴れやかに見えた。
「俺……やっぱ諦められねーわ。やってやるよ。選手権には間に合わないかもしれないけど、いつか夢を掴んでみせる」
憑き物が落ちたような糸尾の顔に、私も笑みが溢れる。
「そうか。受験勉強と並行だけど、頑張れよ」
「え、あれ? ヤバイかも」
糸尾の反応に笑いながら踵を返し、その場を離れる。肩越しに後ろを確認すると、桜と目が合い、黙礼された。
「アヤちゃん! カッコよかったよ〜」
廊下の角を曲がった先でQPが笑顔で親指を立てて迎えてくれた。その顔を見た瞬間、緊張が途切れて膝から崩れそうになるも踏みとどまった。
「ま、まあね。私にかかれば糸尾なんてこんなモンよ」
「でも、勉強ってサッカーの勉強だったんだね。午後の数学の小テストは大丈夫?」
「……え?」
「え?」
「えぇ? 何それ知らない!」
その日の午後の数学の小テスト。点数は……まあ聞くなよ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
第七話では操乃と糸尾の距離が少し縮んだかもしれませんね。
次はお待ちかねの夏イベントです! いや、エロいことにはならないですけどね(笑)
次話も引き続きよろしくお願いいたします。




