すぷらっしゅ・いん・ぐらす Dパート
「あ……終わっちゃった……」
インハイ県大会準決勝。
試合終了を告げる笛の音が競技場に響き渡る。最後は双方とも決め手を欠いたままタイムアップ。スタンドは安堵と無念が入り交じった独特の空気に包まれていた。
選手たちは全てを出し切ったかのように、その場に膝を落とすほどの消耗ぶりだった。
QPと麗華の話では、これからPK戦になるという。しかも状況は不利らしい。私は胸の奥がざわつくのを抑えられなかった。
ゴールポスト前では審判とキャプテン太田、そして相手チームの代表――多分キャプテンだろう――が集まって何かをしている。
「ねえ、あれって何してるん?」
「ああ、コイントスで先攻と後攻を決めているんだよ」
「どっちが先に蹴るかを決めてるってこと? それって何が変わるの?」
私とQPの会話に麗華も加わる。
「一般的には先攻が有利と言われているわ。先に一点を決めれば、後攻にプレッシャーをかけられるのよ」
ああ、それはなんとなく分かる気がする。自分がその立場になるなんて、考えたくもない。
コイントスの結果、うちが先攻に決まったようだ。
相手チームのキーパーが位置につき、一番手のキッカーが前へ出る。ひときわ大きな声援――高橋だ。
「おお! いきなり高橋が蹴るんだね」
「PKは一番手と五番手に、決定力と精神力を兼ね備えた選手が選ばれることが多いわ」
「ってことは、五番手は太田くんだろ〜ね」
太田キャプテンに背中を叩かれ、言葉を交わした高橋は、短い助走から豪快に蹴り込んだ。
ゴールネットが波打ち、スタンドは興奮の爆発に包まれる。
麗華も普段は見せないほどの興奮ぶりで喜んでいた。
「もしかしたら、このまま勝っちゃうかも!」
喜びも束の間、次の相手キッカーも落ち着いてゴールを決める。二番手のキッカーが前に出ていく。……あれ、なんか変じゃね?
QPが唸るように呟いた。
「まさか……ABBA方式か」
先攻―後攻―後攻―先攻という順番で蹴ることで、後攻の不利を減らす新しいシステム。最近、試験的に採用されることがあるらしい。
その後も拮抗したまま、勝負は五番手へ。
そして太田キャプテンが、まさかのシュートミス。ボールが枠を外れた瞬間、操乃の呼吸が止まった気がした。
最後に相手が決めれば終わりだ。私たちは祈るように見つめる。
しかし祈りも虚しく、相手のキックは静かにゴールへ吸い込まれた。
糸尾はキッカーに選ばれず、ベンチ前で両手を握りしめたまま立ち尽くしていた。
勝敗が決まった瞬間、相手校の応援団は大いに沸き、我が校の応援団には静けさが落ちる。
すぐに整列の合図がかかり、互いに向かい合って礼。
誰も泣き叫ばない。ただ、スタンドからの拍手だけがしばらく続いた。
***
学校への帰りのバス。
座席に身体を預けた私の隣で、QPは窓に額をくっつけたまま半分眠っている。
麗華はハンカチで涙を押さえながら、前の席の背もたれを見つめていた。
誰も言葉を発さず、バスの中には静寂が満ちていた。
学校に戻ると日曜なので、そのまま解散。私たち三人は無言のまま、自然といつものショッピングモールへ向かった。
フードコートの有名ハンバーガー屋。
トレイを受け取り席を確保した頃、ようやく重たい口を開く。
「アイツら……残念だったね」
「でも、いい試合だったよ。胸を張っていいと思う」
「……そうね。高橋くんと糸尾くんが戻ってきたら、褒めてあげないと」
少し持ち直して話しながら時間を潰す。やがて高橋と糸尾が合流してきた。
二人ともシャワーを浴びたはずなのに、試合の疲労がまだ抜け切っていない顔をしている。そんな二人を、私たち三人は大いに労った。
一息ついた高橋は、真っ直ぐ前を見たまま言った。
「選手権、絶対行くから。ここで終わらない、終わらせるわけにはいかない」
その声は張り詰めているけれど、不思議と暗さはなかった。
新しい目標をすでに見据えていたのだ。
対して糸尾は、紙コップのストローをいじりながら俯いたまま。
敗戦の悔しさより、別の迷いに囚われているのが分かる。
PKに選ばれなかったこと。リベロへのこだわりが強く、ゾーンに馴染めなかったこと。途中出場で見せた輝きと、すぐに消えた自信。
私は糸尾の横顔を見て、小さく眉を寄せた。
声はかけない。今の彼には、下手な慰めより沈黙のほうがましだと分かっていた。
高橋の宣言と、糸尾の沈黙が同じテーブルの上に並んで転がっている。
そこから物語がどう動くかは、まだ誰にも分からない。
紙コップの中の氷がカランと音を立てたのをきっかけに、糸尾が沈黙を破った。
「なあ、久具津……俺はどうすればいいと思う?」




