春爛漫。桜吹雪は嵐の予感 Eパート
「アヤちゃん、らしくないよ。いつまで沈んでるの?」
放課後の教室は金色に染まっていた。
沈む夕日――。ある意味、今の私の心情そのまんまだ。
私は机に突っ伏したまま、ノートの端に爪を立てていた。
その向かいでQPが腕を組んで仁王立ちをしている。
「……うっさい。QPに私の何が分かるんだよ」
「そうだね。でもアヤちゃんを見ていると何があったか想像は付くよ」
私は顔を上げ、目を伏せた。
「笑ってたんだよ、すごく楽しそうに」
「えっと、普段から糸尾くんってそんな感じだよね?」
「違う。春風桜……あの一年の子。すごく嬉しそうに笑ってたんだ……」
「えっ?」
そう、本当に嬉しそうに笑っていた。私の前では澄ました顔をしていたけど……あの子、あんな笑顔が出来るんだ。
「私はあんな顔で糸尾と話した事なんて無い。私と糸尾の関係って何なんだろうね」
「アヤちゃん……自分に自信が無いんだね」
QPの言葉に薄く笑いが漏れる。自信? そんなモンあったらスマホDEマリオネットになんて頼らないよ。
そう、私は理解したのだ。あの笑顔で理解してしまったのだ。春風桜は糸尾の事が好きなんだ。
だから付き合っているのか無いのか微妙な私が許せなかった。そして言いたかったのだ。自分の方が糸尾の事を何倍も好きなんだぞと。
そんな春風桜に対して私は嫉妬しているのだ。あんな顔を糸尾に向けている彼女に敵わないと……
再び机に顔を沈め、まるで自分の声とは思えないような掠れた声を私は漏らした。
「もう糸尾の顔をマトモに見れないよ……」
「なら会いに行こっか!」
「は? 私の話、聞いてた!?」
ニヤリと笑い親指を立てるQPをガバっと身を起こして睨みつける。コイツ、何言ってるんだ!
「まずは会ってみようよ。話はそれから。アヤちゃん……何日、糸尾くんに会ってない?」
言われてふと考える。最後に糸尾に会ったのは、雨に打たれたあの日……ひの、ふの、み……四日会ってないじゃん。
「だってアイツ、見舞いにも来ないし……」
「糸尾くんも本当は見舞いに行きたかったみたいだけど、サッカー部は試合控えてるからね。それに関してはゴメンって言ってたよ」
「……」
「……」
「……聞いてない」
「何が?」
コイツ……さては言ったつもりで話すの忘れているな。
ハァと深い溜め息を吐き出し、自らの両頬を両手の平でピシャリと叩く。痛い……でも少し浮上した気がする。
スマホをポケットから取り出し、フォトギャラリーを開く。
薄く輝く画面にはクリスマスイブの時の写真が映し出され、画面をなぞるように指先で軽く触れる。QP、マーくん、麗華、高橋、糸尾、そして私……なんだよ、私だって結構いい顔で笑ってんじゃん。
「……そうだね、会いに行こうか。まずはそこからだよね」
今、私を動かしているのは自分の意思か、それとも……。
そんなモノはどっちでもいい。大切な事はそこじゃないのだから……
***
夕暮れのグラウンドは、なんだか物寂しく感じるのは私だけだろうか。
今朝、サッカー部は新入部員の体力テストをやると言っていたが、私とQPが校庭に出る頃には片付けが始まっていた。
グランドの中央付近では高橋とキャプテンの太田が何か話をしており、その前に整列しているのが一年生なのだろう。二年と残りの三年はグラウンドの端で帰宅準備をしていた。
風に乗って土と汗の匂いが混じる中、私は一歩目が踏み出せない。怖くて足が竦む。やはりスマホDEマリオネットを使うしか無いか……
【ゆっくりとグラウンドまで歩き糸尾と対面する。それまでの時間で話す事を考えろ。頑張れ私!】
あらかじめ命令文は入力していた。受信アンテナは髪の毛に紛れさせて装着している。私は震える手でポケットの中のスマホから手探りで送信した、
「久具津! 風邪、もう大丈夫なのか?」
グラウンドに歩いて近づく私に気付いた糸尾が、慌ててこちらに向かってくる。肩に掛けたスポーツバッグに付いたサッカーボールのキーホルダーが夕日を反射して踊る。
夕陽の逆光で糸尾の顔がよく見えない。
胸の奥が痛くなる。アイツは今、笑っているのだろうか、それとも……
「アヤちゃん、危ない!」
QPの叫び声が聞こえた。
同時に視界に火花が飛び、白い何かが弾けた。何が起こった? 顔が……熱い……。
世界が傾いていく。糸尾がバッグを投げ出して走ってくるのが見える。まるでスローモーションの様にゆっくりと……
ドサッ
乾いた音がして、世界がゆがんだ。
どこかで誰かが叫んでいる。
声が、遠い。
真横に傾いた夕日に染まった世界に、一陣の風が吹き桜の花びらが舞っていた。
なんだよ糸尾、泣きそうな顔してんじゃん。らしくない、笑いなよ……
そして世界は闇に沈んだ。




