バレンタイン?そんな場合じゃねえ Dパート
「時間も無いし二手に別れよう。俺は一番奥の遠い所から回る。二人は近場から頼む。見つけたらすぐ連絡だ」
糸尾が真剣な表情で言い、私とQPは頷いた。五か所のステーションを二組に分かれて回る作戦だ。例の車が見つかれば、その近くに潜伏している可能性もある。そう考えると、胸の鼓動が少し早くなる。
夕暮れの街に、早くも点灯した街灯が滲む。冷たい風が吹き抜け、QPがマフラーを首に巻き直した。
「アヤちゃん、二軒目はこっちだね。歩いて五分くらい」
「よし、行こう。糸尾の方も何か掴んでくれるといいけど」
一軒目のステーションは空振りだった。高橋の安否が不明なこともあり、自然と足が早まる。二軒目のステーションは人通りの少ない、地味な場所だった。
「……あれ、もしかして」
QPが私の袖を引き、緊張した声で奥を指差す。
「……黒のワイルド・リースの車だね。ナンバーは?」
他の車の陰に隠れながら近づくと、ナンバーの末尾に“00”の数字。思わず息を呑む。そっと中を覗き込んだが、無人だった。そりゃそうか。既に戻された車なんだから当然だ。でも、ドキドキした。
「ど〜する? 糸尾くんに連絡する?」
「うーん……黒で末尾00ナンバーは特徴ではあるけど、特別珍しいわけじゃない。決定力が弱いんだよ。他にも同条件の車があるかもしれないし、私らも他のステーションを確認した方がいいかも」
そう話していたその時、背後から声を掛けられた。
「あら、真夜ちゃん?」
振り向くと、柴犬を連れたマダムが立っていた。え、誰?
「あ、こんばんは〜。ジュニアちゃんの散歩ですか?」
「そうなのよ。アレキサンド・ロイヤル・シュナイダー・ジュニア三世ちゃんってば、お散歩が大好きで、付き合う私も大変なのよ」
ふむ、QPの知り合いか。しかし、アレキサンド・ロイヤル・シュナイダー・ジュニア三世って……長いなオイ!
とりあえずQPに耳打ちする。
(このオバさん誰?)
(ご近所の奥さん。話しはじめると長いから気をつけて!)
曖昧に笑うQP。マジか、こんな所で足止めとは……
懸命にQPが会話を打ち切ろうとしているのだが、意に介さず喋り続けるマダム。
堪らず私が間に入ろうとした瞬間――
ワンワン ワワン ワンワン ワワン♪
「ちょっとごめんなさい。……あら、久しぶりね、ミヨちゃん。どうしたの? え、本当に? わ、分かったわ。今すぐそっちに行くわ」
マダムのスマホ着信音は、なぜか『犬のおまわりさん』だった。笑える。でもそれどこで入手したん?
「あっ、やだ、急用だわ……ごめんなさいね、アレキサンド・ロイヤル・シュナイダー・ジュニア三世を家に戻して出かけなきゃ。でも戻ってる時間はないし……どうしましょ!」
その名前、毎回フルネームで呼んでるの? 見ると、なんたらジュニアが尻尾を振りながら首をかしげる。クリっとした黒目が愛らしい。ジュニアと目詰め合ってるとピンと来た。神が降りるとはこの事か! いいこと思いついたかも。
「あの〜、よかったら私たちで……ジュニアちゃんを預かりますけど?」
「えっ、いいの?」
「もちろんです! 責任もってQ……真夜が!」
「そこアタシに振る!?」
結局マダムは「じゃあお願いね」と私たちにリードを預け、慌ただしく去っていった。
残された二人と一匹。QPがジュニアを撫でながら、呆れ顔で口を開く。
「アヤちゃん、まさか……」
私はニヤリと笑ってポケットからスマホと受信アンテナを取り出した。
「前にミケちゃんで失敗したよね。忘れたの?」
「忘れてないよ。あれは、そもそも作戦に無理があったんだよ。要は、できることをやらせればいいんだ」
「ふ~ん。……どゆこと?」
スマホDEマリオネットのアプリを起動して命令文を書き込む。そして「こーゆう事」と言ってQPに掲げた。
【タオルに付いた高橋の匂いを探して追跡せよ】
「あ、なるほど。アヤちゃんあったまイイー!」
受信アンテナをハッハッハと舌を出して見上げてくるジュニアの頭に取り付け、QPの持っていた高橋のタオルを鼻先に差し出した。
「この匂いを覚えて……よし、行け!」
アプリのボタンをポチり、命令を送信。すると、ジュニアは尻尾をピンと立てると、鼻先を地面に擦り付けるように黒い車を周回した後、何かを見つけたかのように歩き始めた。
「うわ、マジで見つけた!?」
「つまり、この車でビンゴだったってことか……」
「糸尾くん、どうする?」
「コイツの行き先次第かな。場合によっては糸尾に警察を連れてきてもらわないといけないし」
クンクンと道路に残る高橋の匂いを辿るジュニア。住宅街を抜け、細い路地を曲がり、坂を下る。
追跡を始めて数分後──その足がぴたりと止まった。
「ここ……?」
誘拐犯の隠れ家とは思えない、ちょっと大きめの立派な住宅の前まで私たちを導いたジュニアが、自慢げにこちらを見上げてくる。
「……糸尾くんに警察呼んできてもらう?」
「う〜ん、どうしよ……状況が分かればいいんだけど……」
思案する二人の前で、カチャっと玄関のドアが静かに開いた。
慌てて身を隠そうとしたが、当然ながら遅すぎた。
「君たち、何してるの?」
背中から声を掛けられ、硬直する。ヤバイ。私たちも捕まる? それとも口封じ? 恐る恐る振り返ると――
──高橋洋輔だった。
「た、高橋……くん? あれ? なんで?」
「あ、アヤちゃん、アレ……」
QPの指差す先には立派な門扉。そこには【高橋】の表札が掲げられていた。それってつまり……
「……ここって、高橋んチじゃん!」




