バレンタイン?そんな場合じゃねえ Cパート
「確かあれは……ワイルド・リースの車だと思う」
高橋洋輔がサッカー部の活動中、校外ランニング中に誘拐された。離れて走っていた他の部員たちは急いで現場に駆けつけたが、足元に落ちていた高橋のタオルを残して、車は走り去ってしまったらしい。
日差しは少しずつ春めいてきたとはいえ、まだ二月。夕方が近づくにつれ寒さが増してくる。冷たい風が吹き荒ぶグラウンドで、私はQPと共に糸尾の案内でサッカー部員たちから話を聞いていた。
犯人は黒い国産車を使っていたことと、男の外国人だったこと等、確定情報は少ない。そんな中、複数の部員が口を揃えて言及したのが「ワイルド・リース」。最近流行っているカーシェア型レンタカーのステッカーが貼られていたという。
さらに、一人だけナンバープレートの末尾二桁が“00”だったと覚えていた。
QPがスマホを取り出して何かを調べ始めたので、私は気になっていたことを糸尾に尋ねた。
「糸尾、高橋くんのスマホに電話はしたの?」
「部活中だぜ? スマホは部室のロッカーだよ。それより、実は高橋が連れ去られた時……」
『俺は大丈夫だから、皆は先に帰ってくれ!』
「って叫んでたんだよ」
「何それ?」
「分からん。アイツなら強引に突破できたと思うんだけどな。多少抵抗しただけで、車に連れ込まれたように見えたのも気になる」
「アヤちゃん、この近くにあるワイルド・リースのステーションは五箇所だね。回ってみる?」
お、QPのやつ、そんなこと調べてたのか。偉いぞ! 五箇所なら、この時間でも何とか回れそうだ。
私はサッカー部の面々に礼を言い、少し調べてから警察や学校にはこちらから連絡すると約束して、解散させた。
「車を探すんなら俺も手伝うよ。部室で着替えてくるから、校門で待っててくれ」
「分かった。その間に麗華に話をしてくる」
糸尾がレンタカー探しを手伝ってくれると言ってくれた。ちょっとした気遣いだが助かる。糸尾が着替えている間に麗華と話をしよう。麗華のヤツ、卒倒しないだろうか?
高橋が落としたとされるタオルに付いた泥を、パンパンとはたき落として綺麗に畳んで抱えたQPと一緒に、生徒会室へ向かった。
「田中副会長なら、今日はもう帰りましたよ。ショッピングモールでチョコレートを買うとか言ってました」
ドアをノックした私たちを出迎えてくれたのは、書記の後輩ちゃんだった。麗華のヤツ、珍しく早く下校したと思ったら……チョコレートか。
「レーカちゃん、まだ買ってなかったんだ」
「アイツにしては珍しいな。今日はバレンタインデー当日だぞ?」
「あはは……卒業式を控えてて、生徒会は忙しいんですよ。それに私たち一年が不慣れで、副会長の負担が大きくて……」
申し訳なさそうな後輩ちゃん。あれ、生徒会長はどうした?
「そんなに忙しいのに、なんで高橋くんは部活を?」
「それが……会長はスポーツ特待生なので、学校から生徒会活動は週二日って言われてるんです」
シュンとしながら、後輩ちゃんが乾いた笑顔で教えてくれた。君も疲れてそうだね。ありがとうと礼を言って、私たちは生徒会室を後にした。
校門へ向かう足取りは妙に重い。心の中で色々と葛藤していて、胸の奥がシクシクとする。
「麗華に連絡するのは、もう少し様子を見てからにしよう」
「そだね〜。幸せ気分で高橋くんのためにチョコ選んでる最中に、谷底に突き落とすようなことはしたくないよね〜」
早く知らせた方がいいと思う一方で、麗華の気持ちを考えると躊躇してしまう。どっちが正解かなんて、私たちには分からなかった。
「そういえばさ、アヤちゃんはチョコもう買ったの?」
「ん〜、まあ安物の板チョコを一枚だけな」
「ムフフ、やっぱ糸尾くんにあげるの?」
「さ、さあね〜。自分で食べようかな〜……でもなんか、それどころじゃなくなったよね。QPは?」
「マーくん他所の学校だから、渡せるのは週末かな〜。本当はエアインチョコを買いたかったんだけど、売り切れてたのでガッカリ〜」
昇降口で靴に履き替え、夕暮れの校舎を出る。一瞬冷たい風が吹き抜け、身を縮めた。見据えた先の校門で待っていた糸尾が、手を振りながら「お前ら、遅いぞー」と叫んでいた。
西の空は徐々に暗さを増し、胸の奥の不安をそっとかき立てた。
それでも――今は出来ることを、やるしかない。
「そっか。……高橋、無事だといいな」




