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8.ぜんぶ彼女のせいだ


 朝の景色は、どこまでも澄んでいる。

 決して、青や黄色に霞んでいたり、光が滲んでいたりすることはない。


 空気をいっぱいに吸い込めば、村中のいろんな匂いが鼻をくすぐった。

 耳をすませば、高く響く鳥の鳴き声に混ざって、修道女モナリス達の話し声が聞こえくる。

 スライムの核で感じていたものとは違う、生の匂いと音に身体がぶるっと震えた。


「ああ。人間って素晴らしい!」

「ザンマ。ザンマ=グレゴリオ。神の子である人間の素晴らしさに快哉を上げるのは、やるべきことを終わらせてからにしましょう」

「はいっ。修道女モナリス・リウィア」


 まさか、見られていたとはっ!

 慌てた僕は、気恥ずかしさを誤魔化すように、手に持った箒で地面を掃く。


「まったく。十二歳にもなって、院を抜け出すだなんて信じられません」

「はいっ。申し訳ありません。修道女モナリス・リウィア」

「その罰が朝の掃除だけなんて、修道院長アッバスは甘すぎます。あなたもそう思うでしょう?」

「はいっ。修道女モナリス・リウィア」


 教会と、修道院と、孤児院が併設された、この無駄に広い庭をたった一人で掃除するという罰が、『甘すぎる』だなんて全く思わないけれど、僕はどこまでも従順に返事をする。


 ここで「はい」と言おうが、「いいえ」と言おうが、このあと彼女が何か面倒ごとを押し付けてくる結果は変わらない。


 それどころか、「いいえ」と答えた場合、最低5分の説教がオマケについてくる。だったら、最初から「はい」と答えるのがここの模範解答。


「ええ。そうでしょう。そうでしょうとも。そこで私がひとつ、あなたのために仕事を用意してきました」

「はいっ。ありがとうございます。修道女モナリス・リウィア」


 ほらきた。

 もちろん『あなたのために仕事を用意してきました』なんてのは大嘘である。

 本当のところは、修道女モナリス・リウィアが修道院長アッバスに命じられた仕事だろう。


 自分でやるのが面倒だから、僕におしつけようって魂胆だ。

 よくあること。いつものこと。


 教会に運営されている孤児院に面倒を見て貰っている身としては、そんな遠回りなことをしなくたって、修道院長アッバス修道女モナリスからの頼みを断るという選択肢はないのだけど、彼女なりに僕らへ仕事を振るための理由付けが欲しいらしい。


「エリシア。こちらへ」

「はい。修道女モナリス・リウィア」


 凛とした、涼やかな声がした。

 大きく開かれている修道院の扉、その奥からしずしずと歩いてきたのはザンマと同じくらいの歳に見える華奢な女の子。


 朝日を反射して、キラキラと光る長いブロンドの髪に、思わず目を奪われた。

 肌はまるで陶器人形みたいに白くてつややかで、視線を絡めたその翠瞳はエメラルドのように綺麗だった。


「はじめまして。エリシア=フィオレンティーナです」

「は、はじめました」


 おもいっきり噛んだ。

 なんだ、『はじめました』って。

 なにをだよ。冷やしパスタでも始めたのか?


 挨拶を噛んでしまったのは、彼女が村では見たことがないほど美しかったから緊張したせい――というわけではない。

 いや、それも少しはあったかもしれないけど。

 ……そうじゃない。それどころじゃない。


 僕はただ、単純に驚いたのだ。

 この美しい少女と目が合ったのが、これで二度目だったから。


 一瞬、きょとんと目を見開いた後、クスクスと口元に手を当てて笑うエリシア。

 女神のように美しく整った顔が、天使のように愛らしい笑顔へと変わる。


「ザンマ。ザンマ=グレゴリオ。挨拶はしっかりとなさい」

「はいっ。申し訳ありません。修道女モナリス・リウィア」


 厳めしい表情のリウィアへ速やかに謝罪をすると、僕は改めて頭を下げる。昨日、スライムの姿をしていた僕が助けた、少女エリシアに向かって。


「はじめまして。ザンマ=グレゴリオです。……えっと、あの、その、修道服も似合ってますね」

「ありがとうございます。…………修道服“も”?」


 しまった!

 やってしまった!!

 僕と彼女は初対面。

 それなのに、今、彼女が着ている修道服以外の姿も知ってるとか、変を通り越してもはや気持ち悪いですよねっ。


「いや、あの、『もう』です。『もう』。きっと、修道院に来たばかりだと思うんですけど、修道服が『もう』似合っていらっしゃるから、すごいなあって――」

「はい。挨拶はそれくらいで十分でしょう」

「「はいっ。修道女モナリス・リウィア」」


 必死で誤魔化そうとしていたら、リウィアがパンッと手を叩いて会話を強制的に終わらせた。その音に促されるように、僕たちは直ちに口を閉じて姿勢を正す。


 ふぅ……。今回ばかりはリウィアに救われた。

 これ以上、エリシアと話をしていたら、どこまでもボロが出てしまいそうだ。

 早くこの場を離れたい。もっと正確を期すなら、エリシアの前から逃げ出したい。


「それでは、ザンマ=グレゴリオに仕事を与えます」


 そうだった。そういう話だった。

 エリシア登場というアクシデントで、すっかり頭の中から飛んでしまっていた。


「エリシアは昨日、修道院に到着したばかりの見習いです。ですから、孤児院の中を案内して欲しいのです」

「はいっ。……え? 誰が?」

「もちろん、あなたですよ」

「誰を?」

「エリシアに決まっているでしょう」


 そりゃそうだ。

 ほかに誰がいるってんだ。


 思いのほか動揺してしまっている僕に、エリシアが小さく頭を下げる。


「よろしくお願いします。ザンマさん」

「…………はい。よろこんで」



カクヨムにて先読み更新中

→https://kakuyomu.jp/works/16818792437653682620

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