表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/15

5.ぜんぶレベルアップのせいだ


 身体の中にある液体を圧縮、収束。

 木の下にいるアントラービットに向けて、一気に撃ちだす。


 ビュッと音を立てて飛び出した溶解液が、目標の顔面に着弾。

 ジュッと焦げるような音がして、薄茶の毛並みから煙のようなものが立ち上った。

 森の緑に白い靄が揺れ、焦げ臭さと生臭さが混ざった突くような臭気が周囲に広がっていく。

 鼻がなくても匂いを感じるのは、しかも人間の頃よりも匂いが濃く感じられるのは、スライムの核で感知しているからだろうか。


 アントラービットはキューッと甲高い声をあげると、地面を蹴り、枯葉と土を撒き散らして距離を取る。


 効果はバツグンだ!

 というほどではないけど、とにかく効いているようだ。


 このまま一気に畳みかけるっ。

 でも、もう一発、二発と撃った溶解液は、アントラービットの素早い跳躍によって避けられてしまった。

 

 さっきは不意打ちだから当たっただけ。

 避けることに集中されれば、そうそう当てられるものではないらしい。


 下から突き刺さる視線に、「降りてこい。この卑怯者!」みたいな意志を感じるのは、僕の気のせいだろうか。


 どう思われようと、こんなに優位なポジションを手放したりするものか。


 戦況には大きな変化が生まれた。

 溶解液に狙われることを嫌がったアントラービットが、さっきまでのように木に激突することができなくなったのだ。


 互いに動けず、じっと見つめ合う枝角ウサギとスライム。

 じりじりと空気が張りつめる。

 僕が人間のままなら、きっと心臓の音がバクバク鳴っていただろうけど、スライムの身体はただプルプルと震えるだけ。


 木々のざわめきだけが、この場で唯一の音。


 決め手にかける二匹のモンスターの戦いはすっかり膠着してしまった。


 暗い森の中、木々の枝葉に切り裂かれた木漏れ日が、まばらに地面を照らしている。湿った空気がまとわりつく。鳥の鳴き声ひとつしない静寂。



 いつまでもこのまま、というわけにはいかない。

 どうする? どうすれば、この溶解液を当てられる?


 考えろ。

 考えろ。考えろ。


 僕は人間だ。モンスターじゃない。


『人が神から与えられた最たる能は考える力である』


 神学の授業でそう習った。

 力や魔力に勝るモンスターを打ち倒すための大いなる武器。


 目の前にいる敵を討ち果たす方法。

 僕は自分の身体と、アントラービットを見比べて覚悟を決めた。


 仕掛ける。僕は溶解液をアントラービットに向けて射出した。


 最初は右脚。

 アントラービットが向かって右に避ける。


 さらに正面へ一発。

 アントラービットは前方へ避ける。


 再び右脚を狙って溶解液を射出。

 さっきと同じようにアントラービットが右に避けた。


 今だ!

 枝から跳び降りて、空中に身を投げる。


 枝葉が身体を掠めた。

 木々の間から差し込んだ光が、僕の身体を背中から抜けていく。


 猛スピードで眼前へと迫ってくる地面。

 怖い。でも視界を閉じてはダメだ。

 ここで失敗したら、全てが終わってしまう。


 僕は目標を見据えて落ちていく。


 落下地点には、溶解液をジャンプで避けて着地したアントラービットがいる。

 その上に僕は――重力に引かれるままに落下した。


 体当たり……とは呼べないだろう。

 こんなプルプルの身体では大したダメージにならない。


 僕のプルプルした身体は、落下のエネルギーを蓄えたままアントラービットとぶつかり、自分よりちょっとだけ小さなその身体を丸ごと包み込んだ。


 そう。僕は自分の身体を牢にしたんだ。

 限界まで満たされた不可避の水牢だ。

 柔らかく、形を変え、逃げ場を与えない。


 アントラービットには鼻がある。口もある。

 それらは呼吸をするために存在している。


 スライムの中。それはアントラービットにとって、水中にいるのと変わらない。

 この枝角ウサギが肺で呼吸しているのなら、地上の動物と同じ理屈が通用するはずだ。


 僕の体内で、アントラービットがジタバタもがいて暴れている。

 口から、ぼこぼこと空気の泡を出しながら。苦しそうに。

 

 手足を必死で動かして、なんとか抜け出そうとするアントラービットを、僕は絶対に逃さないように身体を動かして閉じ込め続ける。


 尖った爪で、必死に僕の身体をかきむしるが、プルプルとした僕の身体は柔らかくそれをいなす。


 気泡がいくつも弾け、やがて動きが鈍くなった。

 あんなに口から出ていたのに、ほとんど出てこなくなった。


 必死に足を蹴り、爪を立てる動きがだんだん弱くなる。

 最後の気泡が小さくポンと弾けた。


 やがて脱力したように体内に浮かんだアントラービットを見て、僕はこの戦いに勝ったのだと確信した。


 そのとき、頭の中で声がした。


【しゅぞく<スライム>れべる2】

【<パラライム>にへんしんか】

【アビリティ<まひえき>をかくとく】


 視界が薄い青から淡い黄色に一瞬で切り替わる。

 同時に、身体の奥で何かが変わっていく感覚。

 体の奥に電流のようなものが走り、全身がぞわりと粟立った。


 そして思い出した。

 この声には、聞き覚えがある。

 そうだ。これは夢の中で聞いた声だ。


 これは、神の啓示だ。



カクヨムにて先読み更新中

→https://kakuyomu.jp/works/16818792437653682620

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ