43.ぜんぶ英雄のせいだ
【じょうけんがみたされました】
【しゅぞく<スライム>れべるえくすとら】
【<スライムヒーロー>にへんしんか】
【げんていアビリティ<スーパーヒーロータイム>をかくとく】
神の啓示が頭に響く。
身体がスライムの英雄へと変わっていく。
核が黄金の輝きを放つ。
光が溢れ、身体の隅々にまで力が行き渡った。
「スライムさん……?」
エリシアが翠色の目を丸くしてこちらを見ている。
美しい金色の髪に朝日が反射して、きらきらと煌めく。
――絶対に守る。その一念が、さらなる力を呼び覚ます。
(必ず、君を助けるよ)
言葉で伝えることはできない。
それでも、きっと想いは伝わる。
「ウオオオォォォォォォォォッ!!」
白いドラゴンが、天に向けて甲高い咆哮をあげた。
(おおおおおおおおおおっ!!)
僕も声にならない雄叫びをあげる。
それが開戦の狼煙。
大地を蹴って跳ねる。これまでとは桁違いのスピードだ。
身体は光の玉となって、白いドラゴンの首元にぶつかる。
いかに強固な鱗があろうとも、押し込んでしまえば――。
「グオオオオオォォォォ」
初めて聞く、ドラゴンの苦痛の声。
弾けて地面へと降り立った僕は、溶解液を吐き出す。
溶解液は白いドラゴンの鱗に弾かれてしまう。
しかし、シューシューと音を立てて鱗から気体が立ち上っていた。
再びドラゴンに向かって跳ねる。
さっき溶解液をぶつけたポイントを狙って、ただぶつかるのではなく身体を回転させて突貫した。
白いドラゴンの表皮に接触すると、奥に向かって身体を捻じ込んでいく。
ついに、バキバキと音を立てて、固い鱗が剥がれ落ちていた。
衝撃のせいだろうか、白いドラゴンが二、三歩後ろへ下がった。
いける!
通用するぞ!
鱗が剥がれた場所を狙って、今度は毒液を吹きかける。
「ぐぐがああぁっ」
白いドラゴンが苦しそうに悶えた。
効いている。そう確信した。
さらに麻痺液、睡眠液、幻覚液と試していく。
その度に悲鳴を上げるドラゴン。
勝てる!
ドラゴンに勝てるぞ!
跳ねてぶつかり、捻じって鱗を剥ぐ。
少しずつ、だけど確実に、白いドラゴンにダメージを与えている。
このまま続けていれば、いつかは勝てるだろう。
しかし――、
【のこり1ぷん】
僕の頭の中で、無情に告げられる神の啓示。
待って。なんでなんで?
夜明け前にモンスターに変身して、まだ一時間も経っていないはずだ。
どうして、こんなにも早く時間切れの啓示がくるんだ?
考えられるとすれば、やはりこの姿とアビリティ。
レベルエクストラとか、限定アビリティとか、スーパーヒーロータイムとか、初めて聞く言葉ばかりだったし。
いや、考えるのは後だ。
残り時間は1分。いや、すでに10秒くらい使ってしまっている。
急いで倒しきらないと、変身が解けてしまったらもう勝ちの目なんかない。
倒せ! 倒れろ! 倒れてくれええぇぇぇっ!!
【のこり30びょう】
白いドラゴンの身体がぐらりと揺れた。
あと少し。あと一撃、大きいダメージを与えられればっ。
僕は力の全てを解き放ち、心臓を狙って突撃した。
白いドラゴンが迎え撃つように顎を開く。
ドラゴンの口の中で、光が渦巻いていた。
ほんの少し前、僕の命を奪った恐るべき攻撃。
これは――『竜の息吹』。
いかにスライムヒーローとはいえ、真正面から立ち向かえばタダでは済まないだろう。
(間に合ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!)
命の源である核が灼けたように輝き、身体全体を光で覆った。
空中でさらに速度が増す。
物理法則なんて最初からなかったかのように。
空気がゴオと叫び、景色が白く溶けていく。
世界を置き去りにするような感覚。
勢いよく白いドラゴンの胸部に突き刺さった。
同時に凄まじい衝撃が身体を突き抜けていく。
世界ですらも割ってしまえそうな一撃が、互いを飲み込んだ。
【のこり10秒】
しん、と辺りから全ての音が消えた。
世界が爆ぜたかのような衝突の後、巻き起こる粉塵の中で僕は立ち尽くしていた。
目の前ではドラゴンが横たわっている。
起きるな!
もう起きてくれるな!!
【のこり5秒】
体中に満ちていた輝きと力が、抜けていく感覚。
そんな僕とは対照的に、横たわっていた白いドラゴンが、ゆっくり身体を起こす。
【じかんぎれ、へんしんふか】
スーパーヒーロータイムは終わった。
スライムヒーローの力が抜けて、ただの“人間”へと戻っていく。
白いドラゴンも満身創痍には違いない。
ところどころ鱗が剥がれ落ちていて、流血しているところも多い。
でも僕はこれ以上、戦う術を持たない。
ふらつく視界の端で、エリシアが駆け寄ってくるのが見えた。
何か言っているようだけど。ダメだ、聞き取れない。
水の底へと沈んでいくように、音も光もだんだん遠のいていく。
でも、このまま僕が倒れたらエリシアは……。
「誰か……たすけ――」




