42.ぜんぶ竜の息吹のせいだ
(なんだ! なにが起こった!?)
背の辺りが裂けたように痛んだ。
シルヴァグナスにとって、痛みという感覚は数百年前ぶり。
それこそ、光の神の眷属共と遊んでやったとき以来のことだった。
後ろを見れば、背の片側が一直線に裂けていて、あろうことか流血までしていた。
突然の背後からの奇襲。
まさかと思いながら、あの濃い灰色をしたスライムの姿を探す。
それはなぜかシルヴァグナスの前方にいた。
その灰の身体に赤く滴る液体を見て、シルヴァグナスは愕然とした。
(なんという屈辱。まさか余が、スライムごときに傷をつけられるとは)
相手にする価値もないゴミだと思っていた。
それが不意打ちとはいえ、古から生きる地竜であるシルヴァグナスの身体に傷をつけたのだ。
シルヴァグナスは天に向かって咆哮した。
たかがスライムと見た目で侮った己の不明を恥じ、目の前にいるモンスターを自らの敵として認めたことを宣言するために。
これは自身のための宣言。
誰かに伝えようというものではないが、強いていうなれば、己と対を為すもう一匹の地竜、テラグナスがどのような反応をするかは気になった。
(……返事はない)
光の神の眷属と遊びたいシルヴァグナスは街を目指し、光の神の眷属をただ喰らいたいテラグナスは村を目指して山を下りている。
(今は食事に夢中といったところか。相変わらず食欲の塊のようなヤツだ)
ピタリと歩みを止めたシルヴァグナスは灰のスライムへと視線を戻し、大きく広がった口角を持ち上げてニヤッと笑った。
(さあ。貴様の望みどおり、余が遊んでやろうではないか。光栄に思うが良い)
地竜であるシルヴァグナスにとって、大地とは力の源である。
特に山という地形には、大地の力が満ちている。
シルヴァグナスは、四本の脚を通して地脈からエネルギーを吸い上げる。
全身の鱗が熱を帯び、黄赤色に染まっていく。
(竜の息吹をとくと味わえっ!)
シルヴァグナスはこれを敵と定めた相手にしか使わない。
竜を竜たらしめる、竜の証明ともいえる技。
地脈から吸収したエネルギーを口から吐き出す竜の息吹が、山の木々もろとも灰のスライムを襲った。
Θ Θ Θ Θ Θ
(あ、これはダメなやつだ)
白いドラゴンが笑みを浮かべた瞬間、僕は死を覚悟した。
人間のままだったら、間違いなく腰を抜かしていたと思う。
それくらい強烈なプレッシャーが、僕の身体を突き抜けた。
直後、白いドラゴンの口から放たれた閃光。
もちろん僕はすぐに硬質化のアビリティを発動させた。
だけど、そんなものは焼石に水だった。
高熱だとか、衝撃だとか、そういう次元ではない純粋な高エネルギーの塊は、硬質化した僕の身体をあっさりと貫いた。
スライムは核を砕かれれば死ぬ。
高エネルギーによって身体を貫かれて、核が無事であるはずがない。
瞬間、僕の意識は――この世界から消えた。
「我らが神よ、志半ばで散らんとする勇猛なる魂を呼び戻し、再びこの地で我らの敵を屠る機会を与えたまえ。……|レアニマート!」
それは、とても必死な祈りだった。
それは、優しく温かな響きだった。
それは、僕がいま一番聞きたい声だった。
真っ暗になっていた視界が光を取り戻す。
一番最初に飛び込んできたのは、エリシアの泣き顔だった。
(エリシア……。なんで……泣いてるんだ?)
そう声を掛けたいのに、僕は言葉を発することができない。
「良かった。間に合って、良かった!」
エリシアが涙を流しながら僕を抱きしめる。
いつものように敬語を使う余裕もなくしていた。
(泣かないで、エリシア。僕は……ん? そうだ、僕は――)
だんだんと意識がハッキリしてきた。
僕はさっきまで白いドラゴンと戦っていて、ブレスをもろに喰らって、たぶん……死んだ……はず。
『レアニマート』
さっき、エリシアがそう言っていたのを思い出した。
そうだ。あれは確か祈祷術だ。
『レアニマート』
死んで間もない者に、もう一度だけ生を与える神の奇跡。
病気や寿命による死までは救えない。
だが、レクリペロでは間に合わない命をも掬いあげる高位の祈祷術だ。
ということは、どうやら僕はエリシアに命を救われたらしい。
言葉が話せないのも当たり前。
ハードスライムの姿のまま死んだ僕は、レアニマートで復活してもハードスライムのままだからだ。
あれ? それってつまり、エリシアは高位の祈祷術でスライムの命を救って、今は泣きながらスライムが助かったことを喜んでる……ってこと?
ちょっと意味がわからない。
そもそも、エリシアがなんでここにいるの?
……頭が混乱してまとまらない。
このあとって、どうしたらいい?
わからない。こまった。全然わからない。
そんな具合でテンパっていた僕を現実へと引き戻したのは、スライムの身体が震えるほど甲高い咆哮だった。
白いドラゴンの視線は、まっすぐに僕の核へと向けられている。
それは当然ながら、僕を抱くように座っているエリシアも視界に収めているということだ。
『これはダメなやつ』とか諦めてる場合じゃない。
僕の後ろにはエリシアがいる。
僕が負けるということは、彼女が死ぬということ。
つまりこれは、絶対に負けられない戦いだ。
【じょうけんがみたされました】




