40.ぜんぶ夜が明けたせいだ
白いドラゴンと目が合った。
そう感じたときには、もう尾が飛んできていた。
避ける余裕なんてなかった。
白く太い尻尾が、森の木々ごと僕の身体を薙ぎ払う。
レイスの姿は通常の物理攻撃を無効化する。
しかし、この厄災級のドラゴンの一撃がそんなに甘いはずがなかった。
尻尾が直撃した瞬間、体中を高熱と痺れが襲う。
「んなっ……あ、ががが」
周囲でパチパチと音がする。
木々の間に、焦げたような匂いが漂う。
僕は割りと最近、似たような景色を見たことを思い出した。
カルナが神剣技“フルグル・デイ”を放ったときのことだ。
あのとき剣から放たれた蒼白い雷が森の木々を焦がした――まさにその匂いだった。
――雷。
それこそが、あの焼けるような熱と痺れの正体だった。
「くそっ! ……混沌より伸びいずる真なる影よ、黒き刃となりて我が敵を貫け。……ラーミナ・テネブラールム!」
闇を凝縮した黒く薄い刃がドラゴンへと襲い掛かった。
しかし、ドラゴンは避けるそぶりすら見せない。
刃は表皮の鱗に弾かれ、なんらダメージを与えることなく消えていく。
闇魔法のレパートリーも尽き、単純物理攻撃を無効化する特性も役に立たない。
それならいつまでもレイスの姿でいる必要もない。
僕はその身体を、種族<不死>、レベル5のスケルナイトへと変化させ――られなかった。それどころか、モンスター化が一部解けている箇所がある。
木々の隙間からこぼれ差す陽光。
その清涼な輝きに触れた瞬間、僕の身体は人間へと戻っていく。
これは時間切れによるものではない。
もしそうなら、一瞬で全身が人間の姿に戻るからだ。
そして僕は一度、魔の森で同じ現象に遭遇している。
不意にゴーストから人間の身体へと戻ったあのときも、すっかり朝を迎えた陽の光を浴びたんだ。
鍵は夜明けだ。
不死モンスターの姿は夜の間しか保てない。
朝日を浴びれば、容赦なく人の身体に引き戻される。
と、そういうことらしい。
一度経験をしていたからだろうか。
僕は特段慌てることなく、種族<スライム>、レベル8(MAX)のハードスライムへと姿を変えた。
濃い灰色をしたこのスライムは、その名のとおり硬い身体を持つ。一緒に覚えたアビリティ“硬質化”を使えば、まさに鉄壁だ。
再び白いドラゴンが放った尻尾が直撃しても、吹っ飛ぶだけでダメージはほとんどないくらいだ。
硬質化している間、一切の身動きが取れないのが難点なのだけど。
爪、尻尾と白いドラゴンの攻撃を硬質化でやり過ごす。
ほとんどダメージは無い。だけど攻撃手段がない。
ただ耐えているだけじゃ……。
Θ Θ Θ Θ Θ
白き地竜、シルヴァグナスは反響定位によって自身に攻撃を仕掛けてきている存在を見つけると、雷撃をまとった尻尾で薙ぎ払った。
相手が不死タイプのモンスターであったことは、多少なりともシルヴァグナスの疑問を払拭した。
死の概念を持たないモンスターにとって、勝てない相手を襲うことは大きなデメリットではない。故に、何か気に喰わないことがあれば、命との天秤を必要とせずに襲い掛かることができる。モンスターの本能のままに。
しかしその直後、シルヴァグナスは自身の目を疑うことになる。
朝日が昇り、木々の隙間から陽の光が差し込んだとき、目の前にいたはずの不死タイプのモンスターが姿を消したのだ。
その代わりとばかりに、突如、姿を現したのは濃い灰色をしたスライム。
身体の中にある核を破壊するだけでもろく崩れ去ってしまう、か弱きモンスターがぷるぷると体液を震わせている。
(……余は、いまだ夢の中にいるのか?)
どこから現れたのか。
なぜ現れたのか。
そして、なぜ逃げようとしないのか。
再び、シルヴァグナスの脳裏は疑惑で埋め尽くされていく。
初めて見る色をした、そのスライムは異常なほどに硬かった。
尻尾で打ち据えても平然としているし、するどい爪で斬り裂こうとしても爪が身体を通らない。
あんなに柔らかそうな、ぷるぷる震えている身体に、シルヴァグナス自慢の爪はまったく歯が立たない。
はじめのうちは躍起になって攻撃を繰り出していたシルヴァグナスも、数度も繰り返せば飽きてくる。
なにせこのスライム、一向に反撃してくる様子がない。
ひたすらにシルヴァグナスの攻撃を受けては、また起き上がるだけ。
|ヴィンクルム・アトルム《影の神の拘束魔法》がまとわりついている左後脚は多少気になるものの、魔法の効果は永続するものではない。
シルヴァグナスはフンと鼻から息を吐き、踵を返した。
深い眠りから目を覚まし、わざわざ山奥から出てきた目的を思い出す。
光の神の眷属共と遊ぶ。
不快な秩序の臭いが染みついたゴミを蹂躙する。
苛立ちばかりが募る、こんな粘体のモンスターにかかずらわっているヒマなどない。シルヴァグナスは、一歩、一歩と、再び山を下りはじめる。
――その背後で、弱き者が乾坤一擲の機を狙っていることなど、白き地竜は知る由もなかった。
カクヨムにて先読み更新中
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