39.ぜんぶドラゴンのせいだ
パッと見た印象は白いトカゲ。
その表皮にはビッシリと真っ白な鱗が生えていて、太い四本の足を踏み鳴らし、尻尾を地面に擦っている。
だけど、それは僕が知っているモンスターとはまったくの別物だった。
なにより特筆すべきはその大きさだ。
10メートルを優に超える巨体が、大地を震わせながら近づいてくる。
こんな巨大なモンスターが、この山のどこに隠れていたのだろうか。
(コイツを僕ひとりでどうにかしろって?)
言われたときも無茶だと思ったけれど、実際に戦ったみたら想像の何倍も無茶だった。勝つとか負けるとか、そんな次元の話ではない。
僕ごときでは、この白いドラゴンの敵にすらなれない。
山を下りてきたドラゴンは、多くのモンスターを引き連れていた。
それは従えているというよりも、モンスターを追いたてながら歩みを進めているように見えた。
最初に僕は、種族<悪魔>、レベル2のザントマンに変身して眠りの砂を撒いた。
睡魔に負け、バタバタと地に倒れていくモンスターの群れ。
しかし案の定というべきか、本命のドラゴンには眠りの砂の効果は表れない。
コカトリスと同じように、コイツも状態異常に耐性を持っているようだった。
念のため、種族<スライム>、レベル8(MAX)のハードスライムに変身して、状態異常の効果がある体液を順に試してみた。
麻痺液はダメ。
毒液も効果なし。
睡眠液は飛ばして暗闇液……これも駄目だ。
幻覚液、石化液、どれもこれも通じやしない。
どれもドラゴンの足を止めるどころか、注意を引きつけることすらできない。
(くそっ、なんだコイツ。本物のバケモノじゃないか)
続けて種族<不死>、レベル4のレイスへと変身。
ドラゴンの動きを止めるため、闇魔法を唱える。
スケルナイトの姿でも闇魔法は使えるけど、レイスの姿の方が魔法の効果が高い。戦士タイプのスケルナイトと、魔法使いタイプのレイスでは、魔力に差があるからだろう。
「闇に生きる精霊の手を借りて、汝に黒き呪縛を与えん……ヴィンクルム・アトルム」
黒い靄が、巨木のように太い左後脚にまとわりついた。
だけど四本のうちの一本では、あの巨体の歩みは止められない。
「これでもダメか」
いったいどうすればいいのか。
手札を切るほどに無力感ばかりが襲ってくる。
そのとき、ドラゴンの頭がはじめて下を向いた。
自身の左後脚の動きを邪魔している黒い靄。その存在に気づいたらしい。
ドラゴンは小さく唸り、そして大きく吼えた。
耳の奥にまで響く、甲高い咆哮。衝撃が木々を揺らす。
さらに左後脚で数度、地面を踏みつける。
それはもう、うっとうしそうに。
その様子を見て、僕はふっと小さく笑った。
ようやく。
ほんの少しだけと、アイツの注意を引きつけることができたらしい。
Θ Θ Θ Θ Θ
白き地竜、シルヴァグナスは今、少しだけ困惑していた。
自身の左後脚にまとわりつく黒い靄がわずらわしかったからではない。
その黒い靄の正体を知っていたからだ。
(これは|ヴィンクルム・アトルム《影の神の拘束魔法》、余の歩みの邪魔をするのは何者だ?)
影の神の眷属であるモンスターたちは自由だ。
協力することもあれば、命を取り合い、相手を喰らうこともある。
それはいつだって、自分自身の都合で決める。
メリットがないことは絶対にしない。
光の神の眷属である人間たちとの大きな違いはそこにある。
影の神の魔法を使えるのは、モンスターだけだ。
ならば今、シルヴァグナスにヴィンクルム・アトルムを仕掛けているモンスターは何者で、この行為にどんなメリットがあるのか。
シルヴァグナスには、それが理解できなかった。
理解できないこと自体が、ひどく癪に障った。
自身よりも強大なモンスターが、シルヴァグナスを喰らおうとしているとか。
シルヴァグナスに恨みを持つモンスター達が、復讐にきたのだとか。
前者であれば、悠々と姿を現しているはずだ。
後者であれば、集団で襲い掛かってくるはずだ。
だからしばらく待ってみた。
左後脚に黒い靄を伴ったまま、あえて気にしていないように歩みを進めた。
しかし、何も起こらない。
困惑は苛立ちへと変わっていった。
シルヴァグナスは吼える。
その声は衝撃波となって大地を奔った。
木々や岩壁にぶつかって反響する自身の咆哮の中から、反響定位によって敵の所在を探る。
様々な影が脳裏に映る。
アレも違う。コレも違う。
次々と戻ってくる反響の中から、シルヴァグナスは異物を探した。
そして――、
(見つけたぞ)
シルヴァグナスの喉奥から、低い唸りが漏れた。
白き地竜はゆっくりと牙を剥く。
……ここから先は、狩りの時間だ。
カクヨムにて先読み更新中
→https://kakuyomu.jp/works/16818792437653682620




