38.ぜんぶ神の子のせいだ
モンスターの吼え声に背中を押されるように、村の大人たちは走って広場から去っていった。
ある人は家の戸を閉めて籠もるつもりらしい。
またある人は、家財道具をまとめて逃げ出すつもりらしい。
それぞれが、自分の思うままに走り回る。
そこにはもう、秩序と呼べるものは存在していなかった。
僕はというと、いまだ広場から一歩も動けずにいる。
残っているのは僕とカルナの二人だけだった。
夜明け前の空が広がる中、山の反対側から立ち上る黒煙を見つめている。
僕の頭の中は混乱していた。
どうして《《あんなところ》》に煙が上がっている?
カルナの言う“ドラゴン”が、山奥からこの村を目指して進行しているというなら、山の反対側から煙が上がるのは変だ。向かってきているのであれば、村に近い場所に煙が上がるはずじゃないか。
しかも、あっちには街がある。
それは――、エシリアがいるということ。
背中を冷たい汗が一筋、つうっと伝っていった。
まさかカルナがウソをついているのだろうか。
そうだ。相手は“数百年に一度の災厄”を引き起こすモンスターなんだ。
本当は戦っても勝てないとわかっているから、この村を守ると言いながらモンスターの進行方向に居合わせないようにしているんじゃ……。
そんな馬鹿げた考えを振り払うように、僕は静かに首を横に振った。
短い付き合いだけど、カルナがそんな男じゃないことは十分にわかっているつもりだ。
また山の方から低い唸り声が響いた。
今度はさっきよりずいぶんと近くから聞こえた。
もしかして。
いや、まさか。
最悪のケースが頭をよぎる。
僕はすがるようにカルナの顔を見た。
彼は真剣な目をして、またあのセリフを口にした。
「そうだ。村を守れるかどうかは君にかかっている。そして――彼女を守れるかどうかも、だ」
身体がビリッと痺れた。
なんて人だろう。
あのときからずっと、こういう未来が訪れることがわかっていたかのようだ。
「敵は二匹いる」
ああ、やっぱり。そうなんだ。
視界がグラグラしてきた。
村を襲おうとしているモンスターと、街を襲おうとしているモンスター。
カルナひとりでは、両方を同時に相手にすることはできない。
「ほら、あのオジサンたちは? あの人たちも神殿騎士なんでしょ?」
ちょっと頼りないけど、神剣技を使えるんだから戦えるはずだ。
でもカルナは目をつぶって首を横に振る。
「彼らには彼らの仕事がある。強大なモンスターが暴れると、周囲のモンスターも暴走する。その対処に回っているんだ」
だから――“強大なモンスター”の片方は僕が相手にしろって?
ただの子どもにそんな無茶を言うヤツはいない。
つまりカルナは、僕がモンスターに変身できることを知っている。
「でも、僕なんかじゃ……無理だよ」
胸の奥が芯から冷えた。
彼は本気で言っている。だからこそ、すごく怖い。
カルナが言っていることが正しければ、相手は伝説のモンスター、ドラゴンだ。
ちょっと強いスケルトンや、いろんな色のスライムに変身できるからって、勝てるような相手じゃないことくらい僕にもわかる。
「やってみる前から諦めるのかい?」
そんなことを言われても、もし失敗したら僕は死んでしまうじゃないか。
「そうか。じゃあ……、エリシアのことも、諦めるんだね」
「…………え? カルナが街を守りに行って、僕が村を守れって話じゃないの?」
そうだと思い込んでいた。
だって、どう考えたって街の方が重要じゃないか。
だから街はカルナが守るんだろう、って。
エリシアもきっと助かるだろう、って。
「エリシアを助けるのは君だよ」
「……どう、して?」
「村も、街も、両方救うためには、それしか道がないんだ」
だから、どうしてそんなことを言い切れるんだ、この人は。
その表情はでまかせを言っているようには見えない。
『じゃ、じゃあ。カルナも?』
『きっと、私などでは計り知れないインゲニウムをお持ちなのではないか、と』
不意に蘇るエリシアとの会話の記憶。
あ……、と一つの可能性に気づいた。
「もしかして、カルナって……見えてるの?」
彼は僕の問い掛けには答えなかった。
ただ、にっこり笑って右手の人差し指を口にあて、しーっとジェスチャーする。
「なんでも見える、ってわけじゃないよ。でも、君が行かなきゃ彼女は助からない」
静かに腕を下ろして、言葉を重ねる。
「私だけじゃダメなんだ。助けてくれないか?」
そんな目で見ないでくれ。
僕にそんな資格なんてない。
神の敵がヒーローになんてなれるわけがない。
「力を持つ者には、果たすべき役割がある。――か弱き者たちを守るという、大切な役割が」
「力……? でも、だって、僕は……」
「君は『神の子』だろう?」
どくん、と心臓が大きく脈打った。
その言葉が、胸の奥に熱いものを灯した。
僕がモンスターに変身できることを知っているのに。
彼はいま、僕のことを《《なんて言った》》?
「僕は……神の子、ですか?」
「……? 当然じゃないか」
本当に、いいのだろうか。
僕は――まだ、“神の子”でいて、いいのだろうか。
カクヨムにて先読み更新中
→https://kakuyomu.jp/works/16818792437653682620




