4.ぜんぶウサギのせいだ
ザザッと草が裂け、葉っぱが宙を舞った。
飛び出した影が、一直線に僕を目掛けて跳んでくる。
薄茶の毛並みは森の影に溶け込み、頑丈そうな角が的確に僕の身体を狙っていた。
見た瞬間、これはダメだって思ったね。
仲良くなるどころか――出会って1秒でバトル。
僕は全力で横に跳んで影をかわした。
が、ダメ。遅かった。
風圧で身体が、そして核も揺れる。
目では追えているのに、身体がついていかない。
凄まじいスピードだ。
身体の横の方がざっくり抉られている。
なのに……あれ? なんでだろう。痛くないぞ。
もしこれが人間の身体だったら、脇腹の肉をごっそり持っていかれて、結構な重傷だと思うんだけど。このスライムの身体は、これっぽっちも痛くない。
痛いよりマシじゃないかという気持ちと、もう人間じゃないのだと突きつけられているような気持ち悪さに心が揺れる。
とりあえず、大ケガにならず不幸中の幸い……ということにしておかないと、マジで凹んでしまいそうになる。
さっきまで僕が座っていた草むらの上に、ストンと着地したのは薄茶色のふさふさしたモンスターだった。
スライムになった今の僕より、ちょっとだけ小さい身体。
その頭には枝のように先端が分かれた無骨な角が生えていた。僕の脇腹を裂いた凶器だ。
アントラービット。枝角ウサギとも呼ばれるモンスターだ。
何度かこいつの肉が食卓に出てきたことがある。
淡白な味をしているから、クリームソースで煮込んだ料理が定番だ。
食べ方はさておき、生きている姿を見るのは初めてだな。
こんなに獰猛なモンスターだったとは知らなかった。
さっき角で抉られたところは、もうすっかり元通りになっている。
スライムの身体は、多少傷ついても流動する体液によってすぐに再生するらしい。
もちろん不死身ってわけじゃない。
僕の、このスライムの身体の弱点は、まず間違いなく核だ。
プルプルとした体液に保護された、この核こそがスライムの本体。
揺れる核に、僕の“命”が詰まっていることを心が理解していた。
核が傷つけばダメージを受けるし、核を破壊されれば僕は――死ぬ。
それは理屈ではなく、感覚が教えてくれる。
アントラービットの方もこちらの弱点を心得ているのか、視線は真っ直ぐ僕の核を見据えている。
後ろ足で地面を数度蹴り、足場を整えたアントラービットが再び突進してきた。
それに見た僕もやはり跳ぶ。
但し、今度は横ではなくて上に。
木の枝に身体を絡ませ、スルリと登る。
さらに近くにある木の枝へと跳び移り、上へ上へと必死に高さを稼いでいく。
アントラービットの短い足は、見るからに木登りに向いていない。
追いかけられないと分かれば、そのうち諦めて去っていくだろう。
ふふん。
見た目はスライムでも、中身は人間なんだ。
モンスターなんかとは頭の作りが違――、
ズドンッ!!!
うわっ! なんかメッチャ揺れたんだけど。
余裕をかましていたら、危うく木から落ちそうになった。
あぶない。あぶない。
落ちたって死にはしないだろうけど、アントラービットと同じ地面に立つのは遠慮したいところだ。
下を覗くと、アントラービットがこちらに角を向けている。そして助走をつけたかと思うと、三度突撃。
ズドンッ!!!
再び木が大きく揺れた。
木全体がうねるように揺れ、枝葉がざわざわと降ってくる。
大きな幹がビリビリ鳴っている。
え? もしかして、僕が落ちてくるまで体当たりを続けようとしてる?
それは流石に発想が脳筋すぎるだろ……って、わわっ。
ズドンッ!!! ズドンッ!!!
4、5回ほど突撃が繰り返された頃、僕が登っていた木からミシミシと嫌な音が聞こえ始めた。
今更になって敵の狙いに気づく。
アイツは最初から、この木を倒すつもりだったんだ。
ズドンッ!!!
ついにメキッと嫌な音が聞こえた。
もうすぐこの木は倒れる。
このまま木ごと押し倒されてはたまらない。
隣の木に移動することもできるけど、それじゃ状況は大して変わらない。ずっと今の情けない有り様が続くだけだ。
ならば、どうする?
答えはひとつ。戦うしかない。
この世界で生きるために。
このスライムの身体で!
でも、どうやって。
手も足も、もちろん角も持たないスライムは、どうやって戦えばいいんだろう。
『あ■■てぃよ■■■■きをか■■■』
頭の奥で、ノイズ混じりの声が響く。
不意に浮かんできた謎の言葉。
なんだっけ、これ。
つい最近、この言葉を聞いたような気がするんだけど。
『あび■てぃよう■■■きをか■とく』
そう。こんな内容だった。
この声を聞いたのは……。そうだ。思い出した。昨日見た夢の中だ。
僕がスライムになる前に見ていた、不思議な夢の中で聞いたんだ。
『あびりてぃようかいえきをかくとく』
いま、ハッキリと思い出した。
あれはきっと神さまからの啓示に違いない。
正しくは、きっとこうだ。
『アビリティ<溶解液>を獲得』
僕は無力なスライムではなかった。
ちゃんと戦うための力も与えられていたんだ。
アビリティを持っているとわかった途端に、なぜか使い方も思い出す。
僕は身体の一部を圧縮し、弾けさせるイメージで、アントラービットに向けて溶解液を撃ち出した。
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