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35.ぜんぶ夜空のせいだ


「もっと君と話がしたい」

「えっ?」


 エリシアの驚く顔を見て、僕も一緒になって驚いた。

 まるでカルナが言いそうな、大人びた軽口みたいじゃないか。


 でも、そう思ってしまった。

 思ったことをそのまま口にしてしまった。


 僕は慌てて弁明しようとした。


「えっと、いや、あの、その。これは別に、変な意味とかじゃなくて――」

「私も」

「そうだよね。僕なんかと……えっ?」

「私ももっとあなたと話しがしたいです」


 上目遣いでこちらを見るエリシアの翠瞳に、不覚にも胸が高鳴った。

 それはまるで森の奥に差し込む朝の光をたたえた新緑のようで、ずっと見ていたら二度と目を離せなくなる気がした。

 世界の音がスッと遠のいていく。


「じゃ、じゃあ――」

「でも……、そろそろ戻らなくっちゃ」


 浮ついていた僕の心が、エリシアの一言で一気に現実へと引き戻される。

 ついでに、僕もまだ自分の仕事が終わっていないことを思い出してしまった。

 

「あ、そ、そうだよね。何言ってるんだろ、僕――」


 バタバタと慌ただしく立ち上がって見たものの、


「だから、今日の夜」

「……夜?」

「そう。二人でこっそり抜け出して、星を見に行きませんか?」


 魅力的な誘いに、僕は反射的に「うん」と答えていた。

 それからのことはあまり覚えていない。



 気がつけばとっくに夕飯が終わっていて、ドキドキしたまま布団に入っている。

 エリシアの笑顔が頭から離れない。

 これから彼女と会うのだと思うと、嬉しくてジタバタしてしまいそうになる。


 隣のベッドにいる、マリウスの寝息が聞こえてくるのを待って、僕はこっそり部屋を抜け出した。


 夜中に部屋を抜け出すなんて、別に今回が初めてってわけじゃない。

 魔の森でモンスターを狩るために、何度も何度もやっている。


 なのに。

 どうして僕の心臓は、こんなにも強く波打っているのだろうか。

 いつもよりも、何倍も激しく鼓動を刻んでいる。


 逸る気持ちを必死に押さえ、エリシアとの待ち合わせ場所へと急いだ。

 しかし――、


「……いない」


 そこには、人影のひとつもなかった。

 そうか。そうだよね。

 きっと、真に受けた自分がバカだったんだ。


 さきほどまでの多幸感が一瞬にして消え去り、陰鬱な気持ちが襲い掛かってくる。

 踵を返して部屋へと戻ろうとしたそのとき、パタパタとかわいらしい足音が聞こえてきた。


「ごめん、なさい。お待たせ、しました。はぁ、はぁ、はぁ」


 息を切らしながら、エリシアは申し訳なさそうに頭を下げる。


 いつもの修道服とは違う、寝間着に羽織をかけただけの姿がとても艶めかしい。

 さっきまで胸の奥を覆っていた暗い気持ちは、もう跡形もなく消し飛んだ。


「ぜんぜん! 僕も今来たところだよ」

「…………ありがとう、ございます」


 エリシアの呼吸が落ち着くのを待って、僕らは真っ暗な夜道を歩き出した。


 向かったのは村で一番高い丘の上。

 星を見るなら、ここ以上の場所はない。


 ロープで木に括りつけられた木板。

 このブランコは僕のお気に入りだ。


「ここに来ると思い出してしまいますね」

「……うん」


 エリシアと出会ってすぐの頃に起きた大事件。

 両手いっぱいに野イチゴを抱えたマリウスの笑顔。


 あの日、代官のデキムスに暴行を受けたマリウスは、生死の境を彷徨った。

 祈祷術きとうじゅつのおかげで命は助かったものの、しばらくの間、部屋から出られないほど心に大きな傷を負った。


 村人の誰もが見て見ぬふりをする中、僕とマリウスを救うためにその身を挺して飛び込んでくれたのは彼女だけ。


 コカトリスが出てきたときだって、彼女は自分のことよりも孤児院にいる小さな子どもたちのことばかり心配していた。


 ああ、そうか。

 僕はあの頃からずっと、エリシアの心の強さに惹かれていたんだ。


 ただの尊敬だと思っていた。

 もしくは、自分を救ってくれた人への感謝の気持ち。


 けれど今、こうして彼女の隣にいると、あのとき感じた気持ちがただ感謝ではなかったことがよくわかる。


 彼女の笑顔を見るだけで、心がふっと軽くなる。

 彼女の涙を見れば、なにがなんでも止めたいと思う。


 彼女のブロンドの髪が、月の光にきらめいている。

 彼女の翠色の瞳が、僕の心を掴んで離さない。


 想いを言葉にしなくても、ただ彼女の隣にいられることが幸せ。

 この時間がずっと続いてくれたらいいのに。


 いま一番怖いことは、彼女を失うことだ。


 それなのに――、


「ザンマ、私……。こんど街に戻ることになりました」


 彼女は何を言っているんだろう。

 耳には届いているのに、意味が頭に入ってこない。


 心が引き裂かれるような感覚と共に、なにか大事なものが音を立てて崩れていく。


「…………えっと、……そう、なんだ」


 声が自分のものじゃないみたいに震えていた。


 もろく、柔らかな想いが――

 粉々になって夜風に溶けていく。


 平静を装って返事をする。これが僕の精いっぱいだった。



カクヨムにて先読み更新中

→https://kakuyomu.jp/works/16818792437653682620

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