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31.ぜんぶインゲニウムのせいだ


「ねえ、エリシア。神殿騎士ってどうやったらなれるか知ってる?」


 神学の授業が終わるころ、ザンマがぽつりとそんなことを言いだしました。

 私は驚きのあまり、思わず「え!?」と目を見開いてしまいました。


「あれ? 僕、なにか変なこと言ってる?」

「あ、いいえ。……もちろん知ってますよ」


 そしてきっと――彼には、なれないであろうことも。


 神殿騎士は男の子の憧れ。

 それはもちろん街でも一緒です。


 小さい子はみんな口を揃えて、「大きくなったら神殿騎士になるんだ!」と言い、それを大人たちは微笑ましく見守っています。


 でも、そんなことを口にできるのも学校へと通い始める6歳くらいまでのこと。

 神殿騎士になれる者が選ばれた者の中の、さらにほんの一握りであることを知るまでです。


「神殿騎士になるには、一年に一度だけ行われる試験を受けなくてはなりません」

「へえ、試験か。……そっか、そうだよね!」


 うん、うんと頷くザンマの期待に満ちた顔を見て、私の心臓がきゅっと悲鳴をあげました。


「試験は……神都で行われます」

「へえ、神都か。……って、神都!?」

「はい」


 神都へはふもとの街から出ている駅馬車に乗っても5日ほど掛かります。

 もちろん馬車賃だって安くはありません。


 このあたりに住んでいる若者にとって、神都は物理的に遠いのです。

 でも、それだけならどれほど良かったでしょう。

 もっと大きな、努力だけでは越えられない壁があるのです。


「試験を受けるには、あるものを持っている必要があります」

「あるものって……、もしかして、お金?」

「受験料はありません。神に仕える騎士を選別するための神聖な試験ですから」

「マジで!? 良かったぁ。実はそこが一番心配だったんだよね。……でも、だったらほかに必要なものって一体」

「それは神に授けられし能力、人の枠を越えた特異なる力。教会ではそれを『インゲニウム』と呼んでいます」

「いんげ……にうむ?」


 初めて聞く言葉なのでしょう。

 ザンマがぽかんとした顔で私を見ています。


「ある神殿騎士は人の心を読むことができるそうです。また別の者は拳だけで大地を割ることができるそうです」

「はあっ!?」

「もちろん、これはインゲニウムの中でも特別に強力な例ですが、神都にある本部の神殿騎士は、誰もが常人離れした能力を持っていると聞きます」

「じゃ、じゃあ。カルナも?」

「きっと、私などでは計り知れないインゲニウムをお持ちなのではないか、と」


 ごくりと唾を飲み込む音が聞こえました。


 世界中から幾百、幾千という才能の原石が集まる中で、『神の最終兵器』とまで呼ばれている人物がどれほど人間離れしている存在なのか。


 ザンマにも彼の凄さ、いや異質さが伝わったようです。


「あれ? ってことは、カルナのそばにいるおっさん騎士たちも?」

「…………そうですね。どんな能力かはわかりませんが、なにかしらのインゲニウムをお持ちであることは間違いありません」


 そう。それはもしかしたら指先から小さな火が出せるかもしれませんし、人の何倍も大きな声が出せるのかもしれません。


 人の心を読んだり、拳で大地を割るインゲニウムに比べれば、なんとも頼りなさそうな能力ではありますが、何も持たない人間に比べれば選ばれし者のひとりであることに変わりはないのです。


「インゲニウム……、そっかぁ」

「…………」


 ザンマの顔から、精気が抜けていくのが見て取れました。

 これまでに何度も目にしてきた、男の子の夢が砕ける瞬間。

 かくいう私の弟も、数年前に彼と同じ顔をしていました。

 

 私はあのときも、そして今も、目の前にいる男の子にかける言葉を持ちません。


 でも、ちょっとだけ引っ掛かっていることがあります。

 どう考えても、諦めるタイミングが早いのです。


 神殿騎士になるためにインゲニウムが必要という事実を知ったとき、男の子たちは必ずこう言っていました。


『僕にもインゲニウムがあるかな?』と。


 弟も同じことを言っていたので間違いありません。

 自分にも特別な能力が眠っているかもしれない。

 そう期待することは、いたって普通の反応といえるでしょう。


 でも、ザンマは違います。

 インゲニウムが必要という事実を知った途端に、神殿騎士になることを諦めたように見えました。


 田舎に住む純朴な男の子に、いたずらに期待を持たせるのは間違っているのかもしれません。

 でも、もしわずかでも彼にその可能性があるのなら、その事実を伝えないこともまた正しくないと思いました。


「も、もしかしたら、ザンマにもインゲニウムがあるかもしれませんよ」

「え?」

「人にとっては特異な能力でも、自分にとっては当たり前すぎて気づいてなくて。試験を受けて初めてインゲニウムがあることを知った、なんて人もいるそうですから」


 これは本当の話だ。

 街に住む子どもたちは騎士団の支部にある検査機で、簡単にインゲニウムの有無を調べることができる。どんな能力か、まではわからないけれど、神殿騎士になれる資格があるかどうか、あっという間に結果が出てしまう。


 でも、ごくまれに。

 田舎から出てきた青年が、試験ではじめて検査を受けて、インゲニウムを持っていることを知ることがあるのです。

 試験に合格できるか、はまた別の話ですが。


「あ、そうだね。うん、ありがとう……。あっ、僕そろそろ水を汲みに行かなきゃ」


 しかし、ザンマの顔に元気が戻ることはなく、見るからに重たい足取りで教会を出ていきました。

 私が彼を落ち込ませてしまったようで、なんだか胸がもやもやします。

 思わず手に持っていた教科書を、勢いよく机に置いてしまいました。


「どうしろっていうのよ……もうっ!」


 バンッと重たい音が響き、誰もいない小さな講義室に乾いた余韻を残しました。


カクヨムにて先読み更新中

→https://kakuyomu.jp/works/16818792437653682620

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