3.ぜんぶスライムのせいだ
――モンスター。それは神の敵として生まれた悪しき存在。
神の子である人間を襲い、喰らい、世界を混沌へと堕とす影の尖兵。
そしてここに、一匹のスライムが途方に暮れている。
名前はザンマ=グレゴリオ。昨日の夜までは人間だった。
たった13歳の、少年だった。
気づけば、冷たく暗い森の中にいた。
地面を踏みしめているはずなのに、その感触がない。
教会の鐘の音が聞こえる。でも、いつまでもたどり着けない。
必死で足を動かそうとする。だけど……なぜか両の足がない。
ときに這い、ときに跳ねて、暗闇の中を進んで行く。
「しゅ■■■■いむ■■■いち、す■■むに■■しんか、あ■■てぃよ■■■■きをか■■■」
これが昨日見た夢。
そして今朝、スライムになっていた僕。
意味がわからない。……どうしてこうなった?
昨日の夜、なにか変なモノとか食べたっけ?
心当たりはない。
モンスターになってしまう食べ物に、心当たりなんてあるわけない。
薄く木漏れ日が入ってくる冷たい土の上で、僕は一人、もとい一匹で黄昏れ中。
なんで僕がこんな目に?
なにか気に障るようなことしましたっけ?
教会で毎日、神さまにお祈りをして。
修道女の言うことを聞いて、お手伝いだってやって。
下の子たちの面倒もみて、神学の勉強だって真面目にやってきたのに。
その結果がこれ?
手もない。足もない。口も、耳も、心臓もない。
なにより未来がない、ただのスライム。
神さま。
あなたはどうして、僕にこのような試練をお与えになられるのですか。
……………………。
はい。返事はなし、と。いつも通りだ。
そうでしょう。そうでしょう。
毎日毎日お祈りしてきたけれど、神さまの声なんて一度も聞いたことないしね。
『神は語らず』だっけ? ハッ、便利な言い訳だ。
できるものなら語ってみろよ。僕に話しかけてこいよ。
こっちは山ほど文句があるんだ。
くそ! くそ! くそ! ちくしょう!
なんでだよおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!
こんなことになるなら、神学の授業で教えといてよ。
ほら、『神さまは気まぐれで、人をスライムにすることがあります』ってさ!
そしたらもっと早いうちから「え? 神さまってやべぇヤツじゃん」って知ることができたのに。
おい、神さま。
見てるんだろ? 見てるんだよな?
こんな身体にしたんだから、せめて見るくらいはしてくれよ?
今、どんな気持ちなんだ?
「さあ、我が試練を乗り越えてみせよ」みたいな感じか?
それとも、
「ここからどうするのか、我を楽しませてみせよ」のパターンか?
人の身体をスライムに変えるような神さまだもんな。
今頃、大笑いしながら僕のことを見ていたって不思議じゃない。
僕はさしずめ喜劇の舞台役者といったところだろうか。
ハハッ、全然笑えない。
本音を言えば泣きたいくらいだけど、この身体には涙腺がない。
でも、泣いているところを見せるのも悔しいし、ある意味ちょうど良かった。
僕たち孤児は教会、引いては神の慈悲によって生かされている。
だから、大きくなったら神に仕えるのだと言い聞かせられてきた。
それが恩返しなのだと。
僕もいつかは神父とか、宣教師とか、そういった仕事をするんだろうと、ぼんやりだけど未来を思い描いていた。
なのに、なのになのになのに! 一晩で全部パーだ!
どこの世界にスライムの神父がいるんだよ。
口が無くて言葉を喋れないから、説教だってできやしない。
ああああ、もうっ!
やってらんないよ。
それもこれも、ぜーーーんぶ! 身体がスライムなんかになったせいじゃないか。
朝、起きたらスライムだった件。
なんて、そんな話を誰が信じてくれると思う?
村に近づけば、村人から追い立てられる。
正直、スライムくらいなら神殿騎士に助けを求めるまでもなく、村人たちだけで駆除することができてしまう。
村人に殺されるのは嫌だから、村には絶対に近づかないようにしなきゃならない。
昨日まで祈りを捧げていた礼拝堂も、今の僕にとっては処刑場である。
ここ、“魔の森”は、いつも暗いし、モンスターがうじゃうじゃいる場所だから、村人は極力近づかないようにしている。ここにいる限り、村人に命を狙われることはないだろう。
はあ。マリウスは今頃どうしてるかな。
朝から怖い思いさせちゃったから心配なんだけど、様子を見にいくわけにもいかないし。
……というか、僕はもう二度とマリウス達と会えないのか。
別れが唐突すぎて、まだ実感がついてこない。
こんなときになんなんだけど、ちょっとお腹が減ってきた。
ほら、いつもの時間に朝ごはんを食べられてないし。
はあ。悲しくたってお腹は減るんだな。
ところで僕は、どうやって食事を取ったらいいんだろうか。
スライムって口がないよね。腹もなければ、内臓すら持っていない。
そもそもスライムが何を食べて生きているのかすら知らないし。
…………もしかして、人間?
いやいやいや、それは無理。絶対に食べられない。
それに、モンスターの食糧が人間だけってことはないと思うんだ。
街や村は神石に守られていて、そう簡単に人間を襲うことはできないし、危険なモンスターが現れたときは神殿騎士が討伐のために派遣されてくる。
モンスターの異常発生や、災害級モンスターの出現を除けば、モンスターによる人的被害はそれほど多くない。
だからきっと、ほかに食べているものがあると思うんだよね。
うーん、そうだなあ。果物だったら最高だな。いっそ果物であれ!
でも、もし虫だったらどうしよう。やだなあ。虫嫌いなんだよなあ。
食べたくないなあ。人間を食べるよりはマシ……、いや、どっちも嫌だわ。
そこに生えている草とか、食べられるんだろうか。
うーん。わからない。食べ方の想像がつかない。
ためしに飛びついてみたけど、草の上に乗っかったスライムができただけ。
いやあ、困った。
このままじゃ空腹で死んじゃうぞ。
スライムって何も食べないでいると、何日くらい生きていられるんだろう?
一日ってことは流石にないよね。
じゃあ三日? 五日? ……うん。まったくわからない。
目が覚めたらスライムになってて、食事の摂り方がわからないまま餓死とか、喜劇にすらならない。
そういえば、モンスター同士はコミュニケーションとか取ってるんだろうか。
このスライムの身体を知るためには、同じスライムに教わるのが一番だと思うんだけど。言葉を持たないスライムのコミュニケーションってどうするんだろう。
スライムの学校とか……は、流石にないか。
ガサリ。
ん? なにか音がしたような。
ガサリ。ガサリ。
ぷるん、と僕の身体が震えた。
いや、震えたんじゃない。勝手に揺れたんだ。
地面が揺れたからか、風が起こったからか。
いずれにしても、何かが僕のほうに近づいてきているのは間違いなさそうだ。
もしスライムだったら、友達になってくれるといいな。
カクヨムにて先読み更新中
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