19.ぜんぶニワトリのせいだ
「ふあ、くっ、くあぁぁ」
ある日、神学の授業が終わってすぐのこと。
明らかに寝不足の顔をして、ザンマがあくびを堪えようとして負けていました。
この様子だと、きっと授業も耳に入っていなかったに違いありません。
目の下にはくっきりと黒いクマが浮かんでいます。
先日とは立場が逆だな、と思いつつ、
「なんだか眠そうですね? 夜更かしでもしたのですか?」
ザンマの顔を覗き込みました。
彼は真っ赤な目に涙を浮かべて頭を掻きます。
「いやあ、朝早くからニワトリの鳴き声に起こされちゃって」
「ニワトリの鳴き声……ですか?」
私は思わず首を傾げました。
とても不可思議な話だったからです。
だってこの村では、採卵用の雌ニワトリしか飼育されていないのですから。
縄張りを主張し、雌にアピールするため、毎朝けたたましく雄叫びをあげる雄とは違って、雌は鳴き声が小さいのです。
孤児院で寝ているザンマを起こせるような、大きな鳴き声ではないはず。
「………………」
「………………っ!?」
私の表情から何かを察したらしく、ザンマの顔が不意に引き締まりました。
そのとき、私はある考えに思い至りました。
それは誰かに聞かれれば大笑いされるような、突拍子もない考えです。
たった13歳の男の子にどうにかできるような問題ではありません。
それでも、私は確信していました。
あの代官を追い払った、不思議な力を持つ彼ならば、と。
「ねえ、ニワトリって夜はどうしてるか知ってる?」
傍で聞いた人にとっては、きっとなんの脈絡もない質問でしょう。
でも、私にとっては意味のある質問でした。
「ニワトリは昼行性ですから、夜は寝ていると思いますよ。……木の上で」
人差し指を上に向けて言うと、ザンマは目を真ん丸にして「木の上?」と聞き返してきます。
「はい。ニワトリも鳥の仲間ですから、外敵から身を護るための習性ですね」
「なるほど。それで……」
合点がいった、という顔をしているザンマを見て私は少し嬉しくなりました。
それでついつい、自分が知っているニワトリの豆知識を披露したくなってしまいました。
「それに夜目が利かないらしく、暗いところでは目がほとんど見えないと聞きます」
「へえ、そうなんだ! ほかには?」
さっきまで眠そうにしていたザンマが、目を爛々と輝かせて身を乗り出し、私の話を聞いています。まるで自分自身に興味を持たれているようで、なんだか嬉しくなってきます。
「あとは……そうですね。寝るときは群れで寄り添って眠りますね」
「群れで、か」
うんうん、と頷きながら決意を秘めた目を見せるザンマに、不覚にも心臓が高く跳ねました。
「ほかに――」
「ザンマ! ザンマ・グレゴリオ! 水汲みは終わったのですか!?」
「あっ! はいっ。すぐに行きます! 修道女・リウィア」
「エリシア。見習いと言えど、あなたは修道女なのです。無駄話などしていないで、村のために祈りを捧げなさい」
「はい。修道女・リウィア」
ザンマはもっと話を聞きたそうにしていたのですが、修道女・リウィアに見咎められてその場はお開きとなりました。
慌てて教会の外へと飛び出していくザンマの背中を見送りながら、私は強大な敵に立ち向かわんとする戦士の無事を祈りました。
「エリシア! なにをボーっとしているのです?」
「はい! 申し訳ございません。修道女・リウィア」
Θ Θ Θ Θ Θ
夜が来た。
人々も、草木も、そしてコカトリスも眠る時が来た。
手を左胸にあて、音を立てて暴れる心臓を押さえ込む。
何の準備もなく飛び出した昨日とは違う。
昼間のエリシアとの会話が、今もぐるぐると頭の中を駆け回っている。
「よし。やるぞ」
小さくつぶやいて、僕は頭の中でゴーストの姿を思い浮かべる。
身体が透けて、浮遊感に包まれた。
よし。ちゃんと変身できた。
昨日の明け方に起きたハプニングを思い出しつつ、なんの異常もなく変身できたことに改めて胸をなでおろす。
物音ひとつ立てることなく、孤児院を抜け出した僕は一人で魔の森を目指す。
エリシアが教えてくれたニワトリの習性を順にそらんじながら。
コカトリスは上半身がニワトリで、下半身がヘビ。
頭(というか脳)がある上半身こそが、コカトリスの本体と言えるのではないだろうか。
昨晩は必死で森の中を探して回ったけど、木の上までは見ていない。
体長2メートルから3メートルと言われるコカトリスが、木の上にいるなんて可能性は考えもしなかったから。
ものの数分で魔の森へと辿りついた僕は、真っ先にコカトリスがねぐらにしている木を探す。
どこだ。どこにいる?
似たような木ばかりが視界に入り、気持ちばかりが急いてしまう。
木の上を飛び移り、辺りを見渡して進む。
視線の先に、森からちょこんと頭を出した大木の頂きが目に入った。
そうだ。木の大きさだ。
コカトリスほどの大きさのモンスターが、それも群れで寝るためには十分な大きさと頑丈さを兼ね備えた木でなくては耐えられない。
きっとアイツらはあそこにいる。
僕は一直線に夜の森を駆けた。
あの大木の向こうにあるであろう、怪物たちの寝姿を求めて。
カクヨムにて先読み更新中
→https://kakuyomu.jp/works/16818792437653682620




