2.ぜんぶ神石のせいだ
「もうっ、なあに? またマリウスが騒いでるんでしょ」
「違うんだよ! ほら、あそこにスライムが」
「スライム? そんなのいるわけ……、きゃああああああっ!!」
マリウスの叫び声を聞いて、部屋へとやってきた修道女と目が合った。
僕は目が合ったつもりだけど、向こうがどう思っているかはわからない。
なにせこちらはスライムだ。
どこが目なのか、なんて普通は知らない。
僕だって、こうして自分がなってみるまで知らなかった。
じゃあ、どこに目があるのかって?
スライムの中でフワフワと浮いている核。
あれがスライムの目だ。正確には目の機能を持った部位。
「ひっ!!!」
「ぎゃああああっ!」
「神の敵がどうしてここに!?」
「あああああん! うあああああん!」
はい。全員、大パニックだね。
次々と目を覚ます子供たちによって、瞬く間に部屋の中は悲鳴と泣き声に満たされていく。
もし僕に口があれば、「ボク、悪いスライムじゃないよ」って言えたのに。
……言ったって信じてもらえないだろうから、結果は同じか。
「あなた達、おどきなさい!」
部屋へと飛び込んできたのは修道院長だ。
その手には、神より与えられし神石が埋め込まれた錫杖が握られている。
「神よ。その偉大なる御力にて、我らが敵を追い払いたまえ!」
神石に込められた聖なる加護の力は、モンスターを遠ざける。
強力なモンスターには効かないらしいけど、スライム相手なら十分に効果がある。
そして今の僕はスライム。
神の敵となってしまったこの身体に、神石はどんな奇跡を起こすのだろうか。
「……………………」
「……………………」
無言で修道院長と見つめ合う。
神石が光を放ち、僕はたまらず気絶する――そんな未来を想像していたのに。
……あれ? どうしたの? 神の奇跡はまだですか?
「わ、我らが敵を追い払いたまえ!」
あ、もう一度言った。表情が必死だ。
そして神石は相変わらずスンとしている。
もしかしてだけど、それ壊れてるんじゃない?
よおおっし! 助かった! 神さま、ありがとう!
……まあ、僕をこんな姿にしたのも神さまなんだけどね! 絶許。
とにかく逃げる! 僕は急いで壁に向かって跳んだ。
「あっ! スライムが逃げたよ!」
「おお、神よ」
ピョンピョンと跳ねて向かった先、壁には穴が空いている。
5センチくらいの穴だけど、この身体なら!
できる限り屈んで、穴に飛び込む。
流動するスライムの身体は、穴の形に合わせて変形し、スポンと抜け出した。
柔らかな朝日が、青みがかった僕の身体を照らす。
孤児院の外だ。
ここは物心ついた頃からずっと住んできた僕の家だ。
マリウスと走り回った廊下。秘密基地と呼んでいた物置。
みんなで祈りを捧げて食事を取った大食堂。
今もスープのいい匂いがする。でも、口のない僕は二度と食べることができない。
一瞬で全てを失うことになるなんて。そんなこと、ちっとも考えたことなかった。
「ひっ! ス、スライム!?」
声がした方を向くと、掃除をしていた修道女が怯えた顔で立っていた。
そのまま後ろに二、三歩下がって、尻もちをつくと、石像みたいに固まってしまった。多分だけど、腰が抜けてる。悪いことしちゃったな。
「なんで院の中からスライムが!?」
村には神石が埋め込まれた像がいくつもある。
だから、モンスターなんてそうそう入ってこない。それなのに、孤児院の中からスライムが出てきたら、腰くらい抜かすよな。
助けてあげたい気持ちは山々だけど、僕が近づいたらもっと怖がらせてしまう。
だから、グッと堪えてその場を去ることにした。
裏手にある林を抜けて、村人のいない場所を目指す。
途中、木を伐採していた木こりのおじさんに見つかって、追いかけられたときが一番怖かった。
だって、手斧を振り上げて鬼のような形相で追っかけてくるんだもん。
最後に投げつけられた手斧が、もう1メートル長く飛んでたら、僕は死んでいたかもしれない。
とにかく。
まさに命からがら村を抜け出した僕は今、陽も差し込まない暗い森の中にいる。
神の敵となってしまった僕は、もう村には戻れない。
むしろ、今の僕にとっての“仲間”はこっちにいる。
ここは“魔の森”――その名の通り、魔物たちの棲み処だ。
ざわり、ざわりと木々が囁く。
高低様々な声が聞こえる。核にまで寒気が走った。
カクヨムにて先読み更新中
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