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16.ぜんぶ石像のせいだ


 朝の澄み切った空気を、胸いっぱいに吸い込む。

 うん。今日も清々しい朝だ。


 だけど、いつもと違ってなんだか騒々しい。

 ついさっき、村の大人たちが大きな石のようなものを教会に運び込んでいたけど、あれはなんだったのだろう。


 僕は掃除もそこそこに教会へと近寄ると、裏口からそっと中を覗き込んだ。


神父パーテル様。どうか、どうか、セッソルをお助けください」

「こいつには、まだ生まれたばかりの赤ん坊がいるんです」

「働き手をなくしちまったら、嫁さんも赤ん坊もっ……ふぐぅっ」


 村人たちが石像を囲んで、神父パーテル様の前にひざまずいている。

 神父パーテル様は「必ず助けますから、落ち着いてください」と、優しい声で村人たちをなだめていた。


 石像は両手を挙げていて、さらに右足を上げたまま後ろにのけぞった体勢という、およそ石像として自立しえない造形をしていた。


 どうやって立たせているのかと思えば、なんということない。

 よく見たら、後ろから村人が支えていた。


 それにしても、この石像……どこかで見たことがある気がする。

 それも最近どこかで。


 めったに村の外へ出ることのない僕が、石像を目にする機会なんてほとんどない。

 でも、勘違いだと決めつけてしまうには見覚えがありすぎる。


 僕はじっと石像を観察する。


 大きさは、大柄の成人男性と同じくらい。

 衣服は木こりが好む厚手のチュニックとズボンだ。


 珍しい、なんてものじゃない。

 石像を彫るには多大な労力が掛かる。

 それはつまり、すごくお金が掛かるということ。

 失礼ながら、大金を払って木こりの石像を彫ろうなんて普通は考えない。


 じゃあ、なんでこんなものが、この村に?

 僕が首をひねっていると、神父パーテル様が石像に手をかざし、祈りの言葉を捧げはじめた。


「大地に吹く風よ、恵みをもたらす雨よ、全てを照らす光よ。その力によって呪いの理を破壊したまえ。……レモウェーレ!」


 祈祷術きとうじゅつの放つ緑色の光が、石像を包み込んだ。


 灰色だった手の先が色づいていく。

 チュニックにはまるで本物の布のような質感が生まれる。


 自分の勘違いに気づいた僕は、思わず息を呑んだ。


 これは石像じゃない――人間だ。


 そこまで思い至れば、この人と会ったときのこともすぐに思い出せた。


 いつ?

 僕が初めてスライムになって村から逃げ出した時だ。


 どこで?

 教会の裏手にある林の奥で。


 どうやって?

 手斧を振り上げた木こりのおじさんが、鬼のような形相で追っかけてきたんだ。


「ん……ううん。……あれ? なんで俺、教会に?」


 眠りから覚めたばかりのように、木こりのおじさんは目をこする。

 自分に何が起こったのか、全く覚えていないようだ。


 村の仲間が助かったことに、周りの大人たちは木こりのおじさんの肩や背を叩いて喜んだ。


「おおっ! セッソル! セッソル!!」

「戻った。……戻ったぞ!」

神父パーテル様! ありがとうございます。ありがとうございます!」


 村の大人たちが頭を下げ、ひたすらに感謝を述べる。

 それを神父パーテル様は首を横に振って否定した。


「感謝は神へ。全ては神の思し召しです」


 祈祷術とは神に奇跡を願う術であり、奇跡を起こしたのは神、神職とは神と人を繋ぐ媒介者にすぎない――というのが、教会の定めた教義。


 だから神父パーテル様は、絶対に自分が救ったとは言わない。

 救いの手を差し伸べるのは常に神だから。


 この世界に生きる真っ当な人間は、誰もが神を信奉している。

 それはつまり、村人たちも教義にある程度の理解があるということ。


 諭された村人たちは、すぐに両手を組んで頭上に掲げた。


「「「おお、神よ。ご慈悲に感謝します」」」


 神へ感謝を伝えるときにお馴染みの言葉が、同時に発せられ、重なり合い、まるで歌のように礼拝堂に響き渡った。


 ひと時の静寂。

 朝にふさわしい、静かな時間が流れていった。



Θ  Θ  Θ  Θ  Θ



 神父パーテル様、修道院長アッバス、そして多くの修道女モナリスが見守る中、木こりのセッソルさんが斜め上の方を見ながら、とつとつと語り出しました。


「今朝は、魔の森の入口に行ったんだ。あの辺はモンスターもあんまり出ねぇし、アントラービットくれぇなら儂でも倒せるから、たまに小枝を拾いに行くんだよ。そしたら、急にでっかいニワトリみてぇなモンスターが出てきて……。んで……そのあとのことは、なーんも覚えてねえ」


 その言葉に、その場にいた人たちの顔が一気に青ざめていくのが分かりました。

 それは私自身も例外ではありません。


「よりにもよって……コカトリス」


 修道女モナリスの一人がこぼした言葉が、全員の心のうちを代弁してくれました。


 人を石化させるモンスターは決して少なくありません。

 石化針を持つ“ストーンビー(石蜂)”や、石化の牙を持つ“バジリスク(石化蜥蜴)”、めずらしいところだと石化液を吐く“ミネライム(鉱石スライム)”など。


 その中でも“コカトリス(巨大鶏蛇)”は体長が大きく凶暴で、群れをつくる習性から討伐難易度も高い、とても危険なモンスターです。


「……残念ながら、街の神殿騎士では手に負えないでしょうね」

「中央神殿の騎士団本部に討伐の陳情書を出しましょう」


 本部の神殿騎士は選りすぐりの精鋭たちです。

 少人数で、大陸各地の危険モンスターを討伐して回っていますから、討伐の順番は、モンスターの脅威度、出没地の重要性、割ける戦力など様々な観点から決定されます。


「こんな山奥に本部の神殿騎士が来てくれるでしょうか」

「さて……、一カ月か、二か月か。しばらくは我慢の日々が続きそうですな」


 コカトリスが出没するという情報が回れば、街からの行商人も寄りつかなくなるでしょう。村にとっては、大きなライフラインが一つ絶たれたようなものです。


 節約に節約を重ね、助けが来るのを待つしかない。

 私はモンスターが「神の敵」と呼ばれていることを、苦い思いで噛み締めました。



カクヨムにて先読み更新中

→https://kakuyomu.jp/works/16818792437653682620

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