幕間
「なんだ、これは」
中央神殿の中にある騎士団本部。
デスクに積み上がった紙は、どれも神殿騎士の派遣を求める陳情書である。
床に落ちていた一枚の陳情書を拾った男が、その中身を読んで顔をしかめる。
そこには『山奥の村にある宿で見えないモンスターに襲われうんぬん』と目を疑う内容が書かれていた。
「あっ、隊長。すみません、処分するときに落としてしまったようです」
追加の陳情書を持ってきた、本部仕えの従者が謝ると、
「……まったく。こんな妄想まみれの陳情まで受け付ける必要はないだろうに」
「お貴族さまからの陳情書を、頭から受け取らないってわけにもいきませんから」
「ふんっ、くだらんな。実にくだらん」
隊長と呼ばれた男は渋面を浮かべ、くしゃくしゃと陳情書を丸めて放り投げた。
「スリープに、パラライズまで使えるモンスター。そんなモノに襲われて、文官風情が生きて陳情書なんぞ書けるものかよ」
陳情書はきれいな放物線を描いて、ゴミ箱へと吸い込まれていく。
「大方、村に不満を持ったお貴族さまの嫌がらせでしょう」
「そんなお遊びに騎士団を巻き込まれては、たまったものではない。我々はヒマではないのだ」
神の敵であるモンスターの討伐という、終わりなき仕事に追われる騎士団は、常にリソース不足である。
「しかし、この村は以前にもおかしな報告が上がっていましたね」
「ん? そうだったか?」
「はい。たしか……村の中にスライムが出たとか」
「ああ。修道院長からの報告書か。……近いうちに、神石の様子を見に行かせる必要はありそうだな。だが、そんなことよりも――」
隊長は緊急度の高い、赤の箱に入れられた陳情書を睨みつけ、従士に声を掛ける。
「おい、君。ちょっと人を呼んできて欲しいんだが、カル――」
指示を伝え終わる前にバンッと扉が開き、オリーブグレージュの髪をたなびかせた青年が入ってきた。
「カルナ=ヴェリス、呼ばれる前に参上しました!」
「…………もうちょっと静かに入って来れんのか?」
「勢いよく入ってきた方が格好良いかと思いまして」
「……まあいい。この陳情書なんだが――」
手に持った陳情書を隊長が掲げる前に、カルナは握った右こぶしを自身左胸へと当てて敬礼の姿勢をとる。
「はっ! アナテマ海に出没するクラーケンの討伐。確かに拝命しました! それでは行って参ります!」
そのまま踵を返し、颯爽と部屋を出ていくカルナを、隊長は「……うむ」と静かに見送る。従者は行き場を失った陳情書をそっと回収し、処理済みの白い箱へと移した。
まだ任務に着手してもいないというのに、隊長もそれを咎めようとはしない。
若さゆえの奔放さはあるが、実力に関しては誰もが認めている。
「いずれはカルナを中心に、神の敵との戦いが回っていく」
わざわざ口にしなくとも、誰もが同じ未来を思い描いていた。
カクヨムにて先読み更新中
→https://kakuyomu.jp/works/16818792437653682620