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12.ぜんぶ代官のせいだ


 両手に持った野イチゴが気になって、前をちゃんと見ていなかったのだろう。

 丘を駆け下りたマリウスは、村の真ん中を歩いていた男にぶつかってしまった。


 相手が村人なら、「気をつけなさい」と注意されるくらいで済んだはずだった。

 しかし……、


「ああ、汚い。ズボンに染みがついてしまった。これは許せぬ。許せぬなあっ!!」


 その男はマリウスを思い切り蹴飛ばした。

 小さな身体が、ボールのように宙を飛んだ。


「…………っ!!」


 あまりの出来事に、サッと血の気が引いていく。


 僕は必死で丘を駆け下りた。

 でも、もう遅い。


 僕の目の前で、マリウスの身体は地面にぶつかり、二度、三度と転がっていく。


「マリウス! マリウーーーッス!!」

「ううぅ、げほっ、けほっ」


 お腹を押さえて、苦しそうにえずいているマリウスの側に駆け寄る。

 大人の力で、身体が浮くほど蹴られたんだ。大ケガをしていてもおかしくない。


「なんだ、貴様は。そのみすぼらしい格好……、フン、さては貴様ら孤児だな? 寄生虫の分際で私の視界に入ってくるとは。これだから田舎は嫌いなんだ。クソッ、クソッ、クソがっ」


 男のつま先が、今度は僕の横っ腹に突き刺さった。

 痛いし、苦しい。


 マリウスを蹴った男。

 そして今、僕を蹴っているこの男が、この辺りを治める代官だ。


 村人たちでは逆らうことなどできない、すごく、すごく偉い身分の人。

 孤児が蹴られようが、殴られようが、誰も助けに入ってはくれない。 


「ぐっ……、がっ……」


 蹴られる度に、小さく声が漏れる。


「孤児風情が!」

「国家の膿!」

「死んでしまえ!」


 代官は悪態をつく度に一発、僕の身体を踏みつける。


「何を見ている! 散れ! 散らんか!」


 周囲を取り囲むように見ていた村人たちが、代官の部下らしき男たちに追い払われていく。


 心配そうな顔をしていたのに、誰も助けてくれない。

 その場を離れていく背中に手を伸ばしても、誰も僕の手を取ってはくれない。


 代官には誰も逆らえない。そう頭でわかっていても、まるで僕とマリウスなんていなくても、死んでしまってもかまわないと思われているようで、胸が苦しくなった。


「お待ち下さい! どうか、どうかこの者たちに御慈悲を!」


 そんな中に一人、僕たちの前に身を投げ出した人物がいた。

 凛と涼やかな声が代官の動きを止める。


「ん? 貴様は――」


 恐怖に身体を震わせながら座り込み、涙をこらえて頭を下げているのはエリシアだ。両手を胸の前で組み、祈る姿勢で代官を見上げていた。


 まさか、彼女が僕たちを助けにきてくれるなんて。


修道女モナリスか。顔を上げろ。立て」


 命じられるまま、ゆっくりと立ち上がるエリシアを、代官がいやらしい笑みを浮かべて全身を舐めるように見ている。


「ふん。まだ青いが……素材は悪くない」


 代官はエリシアに近寄ると、彼女の顎をつかみ顔を引き寄せる。

 背筋に悪寒が走った。

 僕は慌てて立ち上がるが、


「エリシアに手を出――がっ」


 代官の足が、僕の言葉を奪う方が早かった。

 僕の方に視線を寄越すことなく、エリシアに顔を近づける代官に、部下らしき男たちの一人が近づく。


「デキムス様。教会と揉めるのは――」

「うるさいっ!」


 デキムスと呼ばれた代官が、男を拳の裏で殴った。

 

「……それくらい、分かっている。私がその程度の分別もつかぬように見えたか?」

「いえ。差し出がましいことを申し上げました。大変申し訳ございません」

「ふんっ。興が削がれた。…………行くぞ」


 エリシアを乱暴に放すと、鼻を鳴らして背を向ける。

 

 デキムスは部下を引き連れ、村の真ん中を悠然と歩き出した。

 騒ぎの原因となったマリウスのことなど、すっかり忘れてしまったように。


「今日の宿はどこだ?」

「はっ、この村で一番――」

「ふん。どうせ大した――」

「ご容赦くだ――」

「せめて女――」


 去っていくデキムスたちの後ろ姿を睨みつけることしかできない。

 悔しくて、情けなくて、涙がこぼれだした。


「けほっ、かはっ」

「……ッ!? マリウス! マリウス!!」


 でも今は、そんなことよりもマリウスの容態の方が心配だ。


「下手に動かしちゃダメ!」

「え?」

「ザンマはすぐに、修道院長アッバス修道女モナリスを読んできて」

「う、うん……」


 真剣な表情でマリウスの様子を確かめるエリシアに、思わず目を奪われた。

 それに、なんだかいつもと喋り方が違うような……。


「何してるの!? 早く!!」

「わ、わかった!」


 エリシアに追い立てられるように、僕は教会へと走った。

 村人の誰かから騒ぎを聞いていたのか、道の途中で修道女モナリス・リウィアと合流することができた。


 リウィアはマリウスの様子を見て、すぐに地面に膝をつく。

 両手を胸の前で組み、神に祈りを捧げはじめた。


「いと慈悲深き、我らが神よ。祝福の光にて彼の者の傷を癒やしたまえ。……レクリペロ!」


 祈祷術きとうじゅつ


 神に仕える者にのみ許された、癒やしの奇跡。

 神学と授業で習ってはいたけど、実際に見るのはこれが初めてだ。


 リウィアの祈りが緑色の光となって、マリウスを包み込む。

 柔らかく、まばゆい光。

 なんて……神々しい。本当に神様が現れたみたいだ。


「良かった。もう大丈夫」


 エリシアがつぶやく。

 その声色と表情から、マリウスは助かったのだと伝わってきた。


 それはつまり……神の力がなければ、マリウスは……。


 マリウスをそんな目に遭わせた犯人は、笑いながら村の真ん中を歩いている。

 しかも、しばらく滞在するつもりみたいだ。


 いやだ。いやだいやだいやだ。 

 もう一分、いや一秒だって、この村に居て欲しくない。


「…………すぐに、追い出してやる」

「えっ? なにか言った?」


 口からこぼれた小さな小さな決意。

 小首をかしげたエリシアが聞き返してきたけど、僕はなにも答えなかった。



カクヨムにて先読み更新中

→https://kakuyomu.jp/works/16818792437653682620

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