彼らが止めてくれていなければどうなっていたことでしょう。
「自分が釣り合うとでも思ってるの!? ニセモノのくせに──っ!」
少女の一人が手を振り上げた、その瞬間。
「──ちょっと、ストップ」
穏やかな声が、私たちの間にすっと割り込んだ。
フードを深く被った青年が、音もなく現れた。
その目元はどこか陰のある色をしていたが、声は不思議なほど優しい。
「大丈夫? なんだか、良くない空気に見えたから」
一言だけ。
それだけなのに、胸の奥で張り詰めていたものがふっとほどけるのを感じた。
「え……? あ、はい……」
どうやら私だけではなかったらしい。ファンクラブの少女たちも、明らかに怯んでいた。
「また人助け? 飽きないね、アンタも」
「また人助け? ……飽きないね、アンタも」
のんびりと現れたのは、金髪の青年だった。
ハネた寝癖を片手でかき上げながら、けだるげな足取りでこちらへ向かってくる。
見た目は軽く、言葉も軽い。けれど、どこか芯の読めない目をしていた。
「人助けに飽きるも飽きないも無いだろう。困ってる人がいたら助けるのが普通だと思う」
「金にもならないのに?」
「それでも、本当に君は…………」
(本当に、何? 何と言ったの?)
助けてくれた青年が途中なんて言ったのか一部聞き取れず、私は首を傾げる。
しかしこの二人のやりとりがどこかズレていて、思わず唖然としてしまった。
私だけではなく、彼女達も恐らく同じ気持ちだったのだろう。
「ほら、散れ」
気怠げな青年が手を振る。まるで犬でも追い払うような仕草に少女たちは顔を顰めながらも何も言えず、その場をそそくさと立ち去った。
辺りに静けさが戻る。
どっと肩の力が抜けて、私は深く息をついた。息苦しさでこわばっていた体が、ようやく緩んでいく。
そして目の前の二人を見て、私は思った。
目の前の二人を見て、私は思う。
(……兄様とは、まるで正反対)
一人は、翳りを帯びた瞳で静かに手を差し出してくれた。
もう一人は、ため息をつきながらも少女たちを追い払ってくれた。
優しさの形は違うけれど──。
どちらも、私を助けてくれた。
(兄様だったら見ず知らずの人を助けたりなんかしない。──あれ、でもそしたらどうして昔、見ず知らずの私を助けてくれたのかしら……?)
ふとした疑問が沸き上がる。
考えても答えが出なさそうな問いを、私は頭を振ってそれ以上考えないようにする。
そして改めて、恩人の二人へ言えていなかったお礼を口にした。
「助けてくれてありがとうございました。お礼が遅れてしまって申し訳ありません」
「……ああ。でも……」
フードの青年が言い淀む。
その表情は見えないけれど、声にわずかな戸惑いがにじんでいた。
「──僕たちが助けなくても、大丈夫だったんじゃないかって、ちょっと思ったんだ」
「はい?」
「いや、なんていうか……」
言い淀む彼の代わりに、もう一人の方がずいと歩み寄ってくる。
「すぐに“迎え”が来ただろうしな」
「……迎え?」
言っている意味が全然分からない。
「あーもう、まどろっこしいな」
相も変わらず面倒くさそうな口調で言えば、
「呼んだげるから動くなよ」
空気が弾けるような音がして、視界が白く染まった。
「きゃっ──!」
反射的に目を閉じる。眩しさと、微かな熱気が頬をかすめる。
「……いってぇ……」
気怠げな青年が眉をひそめ、指先をふーっと吹いていた。
少し赤くなったその手を見て、私の背筋が冷たくなる。
「……ねぇ、普通人にこんな術かける? マジで歪んでんだけど」
「……恐らく、だけど……」
フードの青年が言葉を選ぶように口を開く。
「これは……“迷子札”みたいなものではないだろうか」
「ま、迷子札?」
明らかに迷子札なんて呼べるような可愛い代物じゃないことは、私にだって分かる。
「術をかけた相手に何かあった場合、居場所を強引に知らせたり……守ったり、とかが目的だと推測できる」
「こんなエグい迷子札あってたまるか! 今の、もし俺に攻撃意図あったらマジで焼けてたぞ! というかあの女たち、跡形もなく消えてたかもしれないよ!?」
騒ぐ二人の言葉に、私は呆然としながら頬に手を当てる。
何も痛みはないけれど、確かに“何か”があった。守られたような、強引に引き戻されそうな感覚。
(……まさか……まさかだけど、兄様が……?)
他に思い当たる人なんていない。
あの人なら私の居場所を追う術のひとつやふたつ──使えてしまいそうな気がした。
(でも……あれは、ちょっと……)
魔法のことについては詳しくないけれど、この二人の話の内容を聞くにかなり危ないものだったことが伺える。
(これは、問いたださなければならないかも)
何故私に黙ってこんな術を掛けたのかと。
心配で掛けたにしては威力がおかしくないかと、聞かなければならない。
(聞くのが少し怖いけれど……)
そんな事を考えていた直後、石畳の奥に見慣れた姿が現れた。
コツ、コツ──。
そんな静かな足音が、石畳に淡々と刻まれていく。どこか重く、しかし淀みのない聞き覚えのあり過ぎる足音。
音が近付くごとに、なんだか空気が一気に冷えていく気がした。
冬でもないのに、何故か冬の寒さと静けさを感じた。
「──妹がお世話になったね」
柔らかな声。けれど、その響きには感情の温度が欠片も無いし、感謝しているような素振りも一切無かった。
いつもと変わらぬ微笑を浮かべているのに。
明らかにいつもとは違うリアンを、私は別人のように感じた。
だって、微笑むリアンの目はまるで硝子のように冷たくて作り物のように見えてしまったから。
(成程、兄様は本当に怒る時笑いながら怒る人なのね……)
なんて、そんな第三者目線の事をぼんやり頭の片隅で思っていた。
ゆっくりとした歩幅で歩み寄ってくるリアンの手に気付き、急に現実に引き戻された私は凍りつく。
リアンの手が、腰の剣にそっと添えられていたから。
指先には力が入っていないはずなのに、その気配だけで背筋がぞわりと粟立つ。
「……妹がお世話になった人に向ける視線じゃねぇだろ……」
「僕たち、もしかして痴話喧嘩に巻き込まれた感じじゃないかな……?」
小声で囁き合う助けてくれた二人も、すっかり空気を察して少しずつ後退していく。
「……怖すぎ。帰っていいっすか」
「同意。全力で」
すれ違いざまフードを被った青年が私の横に立ち止まると、わずかに肩をすくめた。
「……やっぱり、君に“助け”はいらなかったのかもしれない」
静かにそう言って、彼らは人波の中へと溶けていった。
──残されたのは、私と、リアンだけ。
助けてくれた彼らは短編に出てる彼らです。
ちゃんと元気に旅をしております。




