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不相応な想いは閉じ込めておくべきなのよ。

 昼下がりの城下町は人で賑わい、活気に満ちていた。

 ルクルの提案で外出した私は最初こそ控えめに歩いていたものの、店先に並ぶ雑貨や甘いお菓子の香りにつられてつい夢中になってしまっていた。

 久々に外に出たからだろうか。

 自分でも気付かぬうちに、どうやらはしゃいでしまっていたみたいだった。


「……あら? ルクル?」


 隣にいたはずのルクルがいない。

 振り返っても、どこにもその姿は見当たらなかった。

 私付きのメイドも、護衛に着いてきてもらっていた騎士もいない。

 私は一人ぼっちになってしまっていた。


「……あらら?」


 周囲には見知らぬ人ばかり。

 辺りを見渡しても少しも見覚えはない。

 見覚えのない路地。人の波に押されるように、私はいつの間にか大通りから外れた路地へと入り込んでしまっていたらしい。


(大変……これは完全に、迷子……!)


 何とかして通りに戻ろうと踵を返した、その時。


「……あれってさ、リアン様の妹じゃない?」

「本当だ、まじで!? えっ、ちゃんと生で見たの初めてかも……」

「あの女って確か義妹だったよね?」


 嫌な予感がした。

 これは良くないと警報が頭の中で鳴っている。

 路地裏の奥から現れたのは、三人の少女たち。見覚えがある――リアンのファンクラブメンバーの中でも、特に熱心なことで知られている子たちだった。


(熱心という言葉で済ませていいのか分からないけれど……)


 他のリアンのファンクラブメンバーと揉め事を起こしたりなんだりとあまり良くない噂も聞く所謂、過激派だ。

 私自身絡まれそうになったことも何度かあったが、ルクルやリアンのおかげで今まで何とか未遂で済んでいた。

 しかし、そのせいでリアンからローベルト家接近禁止令が出されている三人組だったのを覚えている。


(タイミングが悪過ぎます、私)


 どうしてこんな時に会ってしまうのかと頭を抱えたくなる衝動にかられる。

 何とかやり過ごせないかと三人組に気づいていない振りをしてさっさと立ち去ろうとしたが、さっと前に回り込まれてしまった。


「ごきげんよう、アリアお嬢様。……お一人ですか?」


 前に回り込んできた三人組の一人の令嬢がニコリと親しげな様子で話しかけてくる。だが、目は笑っておらず、不躾にこちらを値踏みするような視線を感じた。


「こんなところで何をしているんです? お付きもいないで一人なんて珍しいですね。もしかしてはぐれちゃいましたぁ?」


 くすくすと笑いながら彼女たちは私をぐるりと囲んで、逃げ道を塞がれる。そしてじりじりと距離を詰められていく。

 彼女たちの笑顔はまるでお菓子のように甘く、そして毒々しい。

 私を囲む輪は、まるで罠にかかった獲物を取り囲む一匹の蛇のようだった。


「ねぇアリアお嬢様、いつまで兄妹ごっこしてるつもりなんですか?」

「義理なんですよね? ニセモノの妹さん」


 胸がどくんと跳ねた。

 視線を逸らしたくても、彼女たちの視線が私を串刺しにして動かせない。

 こんなに直球な悪意に晒される事も最近ではなかったため、言い返すこともできずたじろいでしまう。


(ルクル、早く戻ってきて……!)


 逃げ道を塞がれた狭い路地裏。

 私は数歩あとずさるが、背後には冷たい石壁。もう逃げ場はない。


「本当の妹でもないくせに、リアン様の隣にいる意味って何ですか?」

「あなたがいつまでも離れないから、リアン様の結婚が遠のいているんじゃない?」

「いいわね、何も出来ないくせに堂々と隣にいれて。所詮、ニセモノなのに」


 ひとつひとつの言葉が、容赦なく胸に突き刺さる。

 それは誤解だと言いたい。

 私自身のため、そしてリアンのためにも、今のこの状況を抜け出さなきゃならないことは誰よりも私が理解していると伝えたかった。


(行動も、ちゃんと起こしてる……もの)


 けれど、まだ何も出来ていない自分に、否定する資格があるのかも分からない。

 それも分かっていたから言葉を紡ぐことが出来ない。悔しさで涙が滲み視界が歪んだ。


「最近、立て続けに婚約話が潰れたって聞いたけど……まさか、嫌がらせでもしたんじゃないの?」

「えぇ? どんな酷いことをしたの? 教えてくれません?」

「私たちも気をつけなきゃいけないんでぇ」

「私は……っ」


 それは強く否定したかった。

 人に危害を加えるような真似なんてしないと。

 けれど、途中で喉が詰まる。


 “兄様のお相手になれたらいいのに”


 たった一度だけ。

 そう、過去にたった一度だけそんな淡い感情を抱いてしまった事がある。

 リアンは誰にでも優しいし、格好良い。

 そんな彼に大事にされて、好きにならない方がおかしいと思う。


(アレは、本当に不相応な想いだった)


 そのことに気付いてしまった夜、私は自室のベッドの上で声を殺して泣いた。

 誰にも知られたくなくて、毛布の中に顔を埋め喉が痛くなるまで嗚咽をこらえた。


「兄様のことが、好き」


 たったそれだけの感情なのに。


 こんなにもいけないものに思えて苦しくて。


 恥ずかしくて。


 自分が誰よりも汚れている気がした。



――兄様に知られたら、きっと、軽蔑される。


 自分を妹として愛してくれているリアンに対して、なんて邪な想いを抱いてしまったのだろう。


(そんなの、妹としての最大の裏切りだもの)


 自分の妹が、自分を兄ではなく、異性として見ているなんて知ったら――

 リアンは、きっと気持ち悪いって思うだろう。

 もしかしたらもう妹としてみてはくれないかもしれない。


(……嫌われたくない)


 だから、あの時の想いは自分の中で誰にも知られないよう厳重に閉じ込めた。

 兄に対してこんな気持ちを抱いてしまって、ただただ申し訳なくて。


 そして――けして叶わない、自分の初恋をそうやって自分の手で葬り去ったのだ。


 たまに胸が痛むこともあるけどもう大丈夫。

 今は少しずつ、歩き出そうとしている最中だから。



「私はそんなこと……」


 しかし、そんな過去の自分を思い出してしまったらすぐに言葉を続けることが出来なかった。


「そんなことないならちゃんと言えるはずでしょ?」

「嘘、本当に? そうだとは思ってたけど、答えられないなんてやっぱり……」

「これってやっぱり離れるつもりはないってことでいいのよね」


 私の沈黙に彼女たちの笑顔がパタリと途絶える。

 目は笑っておらずとも口元くらいは笑みをたたえていたのにそれさえ無くしてしまった。

 彼女たちの甘い仮面が剥がれ、底に潜んでいた黒い感情がついに滲み出す。

 その気配に私は息を詰めた。


 逆上させてしまった彼女たちを止めれるような術を私は持っていない。

 三対一じゃとてもじゃないが力でも敵わないだろう。

 どうして、こういう時に限って何もできないのだろう。

 護身術でも習っておくべきだったのかも知れない。

 自分が情けなくて、悔しさで奥歯を噛み締めた。


(隙を見て逃げ出せそうなら逃げ出すしかないわ)


 もしくは助けが来るまで何とか耐えるしかないと潔く覚悟を決める。

 あまり酷い怪我を負わされないといいけれど、と心から願った。


 過去抱いてしまった気持ち、兄離れをしたいという今現在の気持ち。

 どれだけ離れようとしても、心の奥底で揺れる気持ちだけはどうしても嘘に出来なかった。

 どれも本当の私の気持ちだから、いくら酷いことをされようがそればっかりは変えようがない。


(だって、あの人は私の兄なんだもの)


 どこまでいってもそれは変えられない事実だから。


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